第46話「お日さまとお月さまを見つめるお星さまってところカナ?」

 他人の過去を根掘り葉掘りとは人聞きの悪い。

 というか。

「健一朗さんもどちらかというと、根掘り葉掘り派ですよね」

 じと目での俺の返しに健一朗さんがあからさまに視線を宙に漂わせる。図星だったな。

 まあ、そうでもなきゃ半田の過去を知っているわけもないだろう。[保護者]というのは体のいい言い訳だ。[WHAT]という組織は超能力者を保護するために超能力の実情を知らなければならない。

 組織というのはそういうものだ、と知実さんが語っていた。科学者と同じ。何かを知るために対象を抉らなければならない。

「それに一応腐っても縁は縁だという善意からおうかがいを立てているんですけどね」

「うーん、言葉が上手いね……」

 黒輝山学園は偏差値高いからね。

「それに、話す気満々だろう。紅茶まで用意して。長話確定ではないか。そんなに半田が面倒なことになっているのか?」

「う」

 俺より洞察力の鋭い五十嵐からの指摘に健一朗さんの笑顔も少し歪む。

 確かに、紅茶を飲みながらのんびりお話、というよりは差し迫ったものを感じる。来ることを予期して待っていたのだから。

「半田がどうなろうと正直日頃の勧誘が減るので両手を打って喜びたいところなんですが、縁を感じたら放っておけない質なんです」

「面倒な質だねぇ」

「健一朗さんには言われたくないかな」

 たぶん、ぐさぐさいってる。これでだいぶ素直に話してくれることだろう。

「あまり人に聞かせていいタイプの話ではないのだけれどね。場合によっては君の[傀儡王パペットマスター]の力も借りなきゃならないかもしれないから……はあ……」

 悩ましい幹部さまだな。中間管理職がつらいのはよくわかった。

 俺と五十嵐はもはや慣れた様子で用意された席に着く。何度も来ていると、なんとなくお決まりの席というものがあって、なんとなく隣同士で座る。

 健一朗さんもさして気にした様子もなく、俺たちに紅茶を振る舞った。今日は特にこれといったフレーバーはついていないようだ。五十嵐がしげしげと眺めてから口をつける。

「遅効性でなければ何も入ってないな」

「ボクはどうしてそんなに信用がないのカナ?」

 自分の胸に問うといい。

「とりあえず、簡潔に状況を話そうか」

 ふむ。確かに[傀儡王パペットマスター]の力がいる、というのは気になる。どういう状況なのか。

「キミたちは知っているかい? 超能力の中でも相反したり、超能力同士で効果を打ち消し合ってしまう、という現象があるんだけど」

 まあ、それはそうだろう。そういうのを相対能力とか言うのだ。

「でね、美月チャンが遭遇したのは美月チャンの相対能力者……[発火物スターター]なんだよ」

 [発火物スターター]が[偽りの恒温動物サーモグラフィ]の相対能力……まあ、半田の[偽りの恒温動物サーモグラフィ]は体温を操る能力だから、[発火物スターター]が人の体温を対象にした場合は体温を下げることで打ち消すことができる。

 軽く説明すれば五十嵐もすぐ納得し、健一朗さんに続きを促した。

「ただね……まあ、お察しとは思うんだけど、その[発火物スターター]っていうのが、美月チャンの知り合いというか……美月チャンにトラウマ植え付けた張本人なんだよネ……」

「なんか[発火物スターター]って聞いたときからそんな気はしてました」

「だよねぇ……」

 遠い目をする健一朗さん。半田、かなり面倒くさいことになってそうだな。

「半田を燃やそうとでもしたのか?」

「違うよ、五十嵐。そんなのは前哨戦。[発火物スターター]自身の目的は半田に刻みつけた記憶だと思うよ」

「ご明察」

 当たっても全然嬉しくないけどね。

 半田にはお兄さんの能力と組み合わせて、[発火物スターター]の能力で[発火物スターター]からの憎しみを植え付けられている。それに文字通り火を点けにきたのだろう。

 半田の能力は物理的な温度にしか作用しないから、相対能力といえど、ここは抗えないのである。

 手始めに体温操作で体力を削られ、それから精神攻撃か。えげつないな。ただごとではない憎悪が窺える。

「そこまでする理由が、その[発火物スターター]とやらにはあるわけか」

 五十嵐が表情を険しくすると、「当たり前デショ」と健一朗さんが答えた。

「美月チャンと美月チャンのお兄さんの陽太クンとは幼なじみなんだ。子どもの頃とはいえ、陽太クンへの執着はすごかったそうだから、色恋の恨みが発生してもおかしくないと思うネ。いやー女の人ってコワイ」

 率直な感想言ってる場合かな。

「色恋の恨みかー……厄介だな」

「厄介なのか?」

 いまいちぴんときていない五十嵐に説明した。

「使役系能力は特になんだけど、超能力者っていうのは偏った思考を持ってるんだ。簡単に言うと執着だね。対象に対する執着の度合いが高いと自然と強制力フォーシングが強くなって、能力が発動しやすくなったり、能力の継続時間が長くなったり、能力の効果が強く出たりする」

 強制力フォーシングは使役系能力の最も秀でた部分だ。それに、今回の[発火物スターター]は強制力フォーシングが強いという予想が出ている。

 そうなると、半田にも強い影響が出ている可能性が高い。

「半田は昏睡状態だと言っていましたね。具体的にどうなっているんですか?」

「うーん、まあ、普通の人が具合悪くなってるときと同じだね。体温が急激に高くなって熱が出てる。あと、能力のコントロールが失われているね」

 この人はさらっと言ったが、それはかなりヤバい状態ではないだろうか。

「半田の能力ってそんなに厄介だったか?」

「厄介というか死ぬぞ。温度ならいくらでも変えられるから、鉄を溶かしたりできるし、火傷とか凍傷もないから液体窒素素手でいけるぞ」

「それはヤバいな」

「そ。だから特別管理室に寝かせとくしかできなくてサ。治療しようにも、医療器具溶けちゃうし」

 燃やすことはできないが溶かすこと固めることはできる、とある意味で[発火物スターター]より厄介だ。

「半田の能力の危険性はなんとなくわかったから、[発火物スターター]の情報をお願いします」

「んー、そうだねぇ。名前は田辺たなべ美星みほし。お日さまとお月さまを見つめるお星さまってところカナ?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る