第45話「そんなに聞きたい?」

 閑静な住宅街とはいえ、人通りもあって、騒ぎになった。俺が[傀儡王パペットマスター]をかけた人は一瞬「自分は何をやっているんだろう」とは思ったようだが、火がまだ完全に消えていなかったので、[傀儡王パペットマスター]が解けてからも消火活動を続けてくれたようだ。

 やがて警察も来るだろうから、巻き込まれるのも面倒くさいと思った俺は五十嵐の手を引いて、騒ぎの輪から離れた。五十嵐は何か言いたそうだったが、言葉を飲んでくれた。俺の家はすぐそこだから。

「騒がしいな、甥よ」

「……ただいま、知実さん」

 いつものように軒先に仁王立ちしていた知実さんに声をかける。五十嵐は敬礼していた。悪いがツッコまないぞ。

「とりあえず、中に入ろう。話はそれから」

「咲原、何を焦っているんだ?」

「[WHAT]が来たら面倒だから」

「あー……」

 これには五十嵐ばかりでなく、知実さんも納得したらしい。

 そう、これはおそらく超能力事件。それを察知したなら[WHAT]が揉み消しに来るはずなのだ。まあ、こんなに派手な事件をどうにかできるのかという疑問は湧くが、それは[WHAT]の人たちの問題だから俺たちには関係ない。

 そうしてリビングに落ち着く。

「遠目に見たが、小火騒ぎか?」

「人体自然発火」

「ふむ、[発火物スターター]だろうな」

 さすが、超能力研究者。こういうのはすらすら出てくる。

 俺の家に入って安心したのか、五十嵐が深い溜め息を吐き、ソファにへたり込んだ。

「カロンが反応したから、超能力者がいたのは間違いない」

「ふむ。状況を聞かせてくれ」

 俺は五十嵐と二人で人体自然発火に遭遇したときの話をした。カロンのバイブレーションの後、近くを歩いていた人物が発火したということを。

「まあ、[発火物スターター]で間違いないだろうよ。ただ、カロンの反応が遅いのが気にかかる。まだ実験段階というのもあるが、能力が時差なく発動したなら、近くに[発火物スターター]の能力者がいたはずなのだから」

「同調能力とやらではないのか?」

「だとすると、かなりの手練れだぞ。[発火物スターター]の能力は同調ではなく、強制力フォーシングに秀でているからな」

「というか、[発火物スターター]は種別分けが難しいんだよね」

 超能力は同調に秀でた同調系、強制力フォーシングに秀でた使役系、同調が及ぼす範囲が現実世界だけに留まらない異次元ディメンジョン系、体を変形させる変化系にどの種別にも当てはまらない特異系という分け方がされている。俺の[傀儡王パペットマスター]は疑いようもなく使役系だが、[発火物スターター]に関してはいくつか論議されている。

 対象に同調して発動している、という考え方と、対象に強制力フォーシングをかけて発動しているという説。どちらもあり得なくはない。

 ただ、知実さんは強制力フォーシングによる能力の発動という説を推しているらしいが。

「甥の[傀儡王パペットマスター]にも言えることだが、超能力を使う上で同調能力はどのみち使わなければならない。だとしたら、能力の真価、つまり[発火物スターター]なら発火させるときにかける負荷が同調なのか、強制力フォーシングなのか、という考え方だ。まあ、学会では心理作用ももたらすことから同調と考えられているようだが、これはもう日本語の問題だな。私は[心理的にそう思うように]と考えているから、使役だと考えているんだ」

 まあ、確かにそうなると日本語というか文法の問題だ。

 知実さんの理論展開は納得したとして、だとしたら、使役系として瞬時発動は相当な強制力フォーシングであるにも拘らず、能力者に気づかれないほどの同調能力も持ち合わせた能力者、と考えられる。厄介きわまりない。

「はあ。[WHAT]が絡むと確かに面倒くさいから、あまり関わるなよ」

「知実さんがこんなに嫌そうなのも珍しいね」

 半田が来たときはあまり嫌そうというか、苦々しい顔になったりはしないが、苦手意識でもあるのだろうか。

 んー、と生返事に近い応じ方をして、さらっという。

「[WHAT]の創始者の中に私の知り合いがいるんだ。勧誘されたくない」

 それを聞いた五十嵐が俺を見る。

「どこかで聞いた話だな」

 俺を見るな。

「にしても、半田の話を聞いてから[発火物スターター]って聞くと因果を感じるよな」

 無理矢理話を逸らした。

「ああ、確かに」

「? どんな話だ?」

 違和感なく話題転換できたようだ。

 そこで知実さんに半田の過去話を聞かせた。案の定、あまりいい顔はしなかった。

 そういう研究や実験は未だになくならないらしく、まともに研究している知実さんのような研究者の肩身が狭いのはそういう輩のせいなのだという。

 そういう輩がいるから保護しきれない超能力者を公認するわけにはいかない、という実情があるようだ。

「しかし、もしかすると、もしかするかもしれないぞ」

「というと?」

 知実さんは人差し指を立て、くるりと宙で回す。

「その[発火物スターター]は[刻印者メモライザー]の能力に同調させて、能力を刻みつけたことになる。能力に同調するというのは至難の業だ。ということはその[発火物スターター]同調能力が高いということになり、[発火物スターター]として強制力フォーシングも強いと推察される。どうだ、今回の事件の犯人にぴったりの像ではないか」

 言われてみると、確かに。

 でも、ということは、半田の因縁の相手が俺を狙って?

「これは伏見氏に詳しく話を聞く必要があるかもな」

「……? 半田に聞けばいいんじゃないか?」

「それが気まずくて今日伏見氏に聞いたんだろうが」

 それはそうだが……半田を[WHAT]で保護して、その人を保護していないのなら、あれ以上の情報を健一朗さんが持っているとは思えないのだが……

「まあ、明日だな」

 そこからは適当に茶飲み話をして、五十嵐が帰り、俺はいつも通りに過ごした。


 昼、半田は来なかった。

「今日は静かだなー」

「うん、半田いないと平和だけど槍でも降るかな」

「咲原、呪い殺されるぞ」

 恙無い昼休み。カツサンドを味わいながら長閑に過ぎていく昼休みというのは実に優雅だ。購買戦争に敗北した佐竹はタマゴサンドをちまちまと食っている。ふっ、これが格の違いよ。

 ……と、馬鹿なことを考えているところへ倉伊がやってくる。倉伊は弁当組なので、購買戦争などという泥臭い試合に参加しない貴族である。

 そんなことはどうでもよろしい。

「今、半田さんのクラスの子に聞いたけど、半田さんは風邪で休みなんだって」

「ふんっ、馬鹿でも風邪は引くんだな」

 そう吐き捨てたのは半田と犬猿の仲の五十嵐だ。五十嵐も弁当組だが、購買には飲み物を獲得に行く勢で、今日はコーヒー牛乳のパックを持っている。

「そんなこと言っちゃ駄目だよ、五十嵐さん」

「五十嵐は半田ちゃんと仲悪いもんなー」

 ところで、と倉伊が首を傾げる。

「半田さんのクラスの子は[図書室のお兄さん]が言ってたって言ってたんだけど、[図書室のお兄さん]って?」

「あー、倉伊はまだ転校してきたばっかだから知らねーか。この学校の名物おじ……んんっ名物お兄さん」

 おい佐竹、俺は聞き逃さなかったからな? おじさんって言いかけたの聞き逃さなかったからな? あとでチクるぞ。

 それはさておき、俺と五十嵐は視線を交わした。

 半田が休みという情報が、健一朗さん出ということが気になる。

 まあ、半田には親がいないから、[WHAT]の人が保護者みたいなものなんだろうけど。

 放課後。

「……来ると思っていたよ」

 五十嵐と二人で図書室を訪ねると、そこには健一朗さんがばっちりスタンバっていた。奥の司書室から紅茶の香りがする。

「健一朗さん、半田は……」

「やられたよ」

 参ったねー、と全然参っていなさそうな緊張感の欠落した声で健一朗さんが言う。

 曰く、半田が何者かに襲われたらしい。相手は超能力者で、半田は懸命な抵抗の果てにその魔の手から逃れられた、というが、昏睡状態だそうだ。

「そんなに遠回しに話すことでもなかろう」

 五十嵐がじっとりとした眼差しを向ける。

 まあ、俺も察しはついていた。半田を襲った犯人に。

 じっと見つめていると、照れちゃうなぁ、と的外れなことを言って健一朗さんが肩を竦める。

 健一朗さんの態度に俺たちは呆れ、少なからず空気が弛緩したところで、健一朗さんの声が鋭く刺さった。

「そんなに聞きたい? 他人の過去を、根掘り葉掘り」

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