第36話「落ちるなんて聞いてない!」
次元の彼方、というか、異空間に飛び込んだ俺は、文字通り右も左も、ついでに言うと上も下も前も後ろもわからない。つまり、何もわからない。
だが、この異空間から出る方法はわかる。
同調能力を広め、とにかく
「
すると、俺を風が包む。
「ヒサシブリダネ、ユイト」
確かに久しぶりだ。というか、[
話を戻すと、
「来てくれてありがとう」
「ユイトナライツデモ」
有難い。ちなみに、
風に揺られるままに運ばれていると、途端に、空間のマーブルブラックホールが消える。
出た場所は黒輝山学園、上空。
「……えっ」
「デグチニナッチャッタ」
いや、デグチニナッチャッタじゃないんですけど。
ここは約三階の高さ。しかし、床はない。あるのは数メートル下の地面。コンクリート剥き出し。
せめて植え込みとかなかったかな?
「落ちるなんて聞いてない!」
だが、何が起こったか想像くらいはできる。おそらく、
「ユイト!」
「頼む!」
本当に呼んだの
精霊の力で生まれた柔らかい空気抵抗によって、俺は地面に降り立つ。
「死ぬかと思った……」
いや、人間が投身した場合、死ぬのは四階以上らしいけどね。そういう問題でもないと俺は思うのだよ。
っていうか、コンクリートに激突したら、死にはしなくても絶対怪我するよね。骨折れるとか、頭から血がだーっとか。
「
「ヨカッタ」
本当、間一髪だった、と思ったところで、影がこちらに落ちてくるのが見えた。影がだんだん大きくなって……倉伊だというのがわかった。
まじかよ。
「
「ダイジョウブ」
いや、だいじょばないと思うんだけど。刃物突き出して殺る気満々じゃないですか。嫌だ。
でも、[
「
どうやら
俺は着地点に向かい、気を失っている倉伊を受け止めた。どこの天空だ。
俺の腕力なんてあてにならないが、あてにならなくてもないよりはましだろう。……と思っていたのだが。
「倉伊、かっる」
倉伊は人間とは思えない軽さだった。いや、それは言い過ぎか。同年代の男子からすると、随分軽い。女子も羨むんじゃなかろうか。俺があまり腕に負担を感じないというのは相当だと思う。走る意外の運動は普段はしてないから。あれ、なんだか言ってて悲しい。
まあ、俺の体力不足はさておき。倉伊が無事で何より、と息を吐き出したところで、異変が起きた。
「かはっ……」
喉の奥から粘性を持った液体が溢れてくる。覆った手についたのは、鮮烈な赤。人間が最も見慣れている赤色だ。
倉伊を近くの壁に凭れさせ、体を離すと、腹部から何かが抜ける感覚がした。冷たい感触が抜けると共に、目眩に襲われる。倉伊の傍らで俺は倒れ込むように地面に手を突いた。
倉伊の手には血にまみれたナイフ。俺の腹部からぼたぼた落ちる赤。次から次へと目まぐるしく状況が変わったせいか、アドレナリンでも放出されているのか、痛みは感じない。が、結構な重傷であるのはコンクリートの地面に染みていく赤の量でわかる。
[
そこに救いの声が。
「咲原、教室にいないから何事かと……ちょっと、その状況はなんだ?」
駆けつけた五十嵐の表情が、倉伊のナイフと俺の血を見て険しくなる。まあ、無理もないだろう。crown takerを守る[
胸がちりりと痛むのを抑え、五十嵐に簡単に説明する。
「[
おそらく[
五十嵐が拳を握りしめる。
「なんて卑怯な真似を」
五十嵐はそういうが、暗殺に卑怯もへったくれもないのである。これが現実だ。
「救急車を呼ぶべきか?」
「いや、超能力絡みだとわかっているんだ。表沙汰にはできない。五十嵐は知実さんに連絡してくれ。もしかしたら、半田や健一朗さんも力になってくれるかもしれない」
「わかった。倉伊は……」
そこで、五十嵐が倉伊の方に目を向け、きょとんとする。俺もきょとんとした。
気絶していたはずの倉伊は少し目を離した隙にいなくなっていた。あの短時間で意識が回復したのか?
「……倉伊、一体何者なんだろうか」
「……わからん。ともかく、今は佐倉氏に電話だな」
「ああ、頼む」
その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。
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