第36話「落ちるなんて聞いてない!」

 次元の彼方、というか、異空間に飛び込んだ俺は、文字通り右も左も、ついでに言うと上も下も前も後ろもわからない。つまり、何もわからない。

 だが、この異空間から出る方法はわかる。

 同調能力を広め、とにかく強制力フォーシングを広げるだけ広げて、[傀儡王パペットマスター]を発動させる。

風霊シルフ、俺を導いてくれ!」

 すると、俺を風が包む。

「ヒサシブリダネ、ユイト」

 確かに久しぶりだ。というか、[五大元素の使い手フィフスエレメントテイマー]と戦ったときに俺に語りかけてきたのは風霊シルフだったのか。

 話を戻すと、風霊シルフを始めとする精霊たちは異空間ディメンジョンの存在。つまり俺の考えた作戦は、名付けて「蛇の道は蛇に聞け」作戦である。つまり、異空間のことは異空間に住んでいる精霊に聞けばいいじゃないかということである。風霊シルフにしたのは一番害がなさそうだったからだ。火霊サラマンドラを呼んだら、問答無用で焼かれそうだし、水霊ウンディーネを呼んでびしょ濡れというのも嫌だ。他二つの精霊も呼んだらどうなるかいまいち予想がつかないというのが本音だ。

「来てくれてありがとう」

「ユイトナライツデモ」

 有難い。ちなみに、風霊シルフにしたのはなんとなく、風だったら、安全に運んでくれそうな気がしたからである。俺ならいつでもという言葉は有難い。

 風に揺られるままに運ばれていると、途端に、空間のマーブルブラックホールが消える。

 出た場所は黒輝山学園、上空。

「……えっ」

「デグチニナッチャッタ」

 いや、デグチニナッチャッタじゃないんですけど。

 ここは約三階の高さ。しかし、床はない。あるのは数メートル下の地面。コンクリート剥き出し。

 せめて植え込みとかなかったかな?

「落ちるなんて聞いてない!」

 だが、何が起こったか想像くらいはできる。おそらく、異空間ディメンジョン系の能力を解いたのだろう。そこまで俺を逃がしたくなかった、ということか。

「ユイト!」

「頼む!」

 本当に呼んだの風霊シルフでよかった、と思いながら風に包まれる。

 精霊の力で生まれた柔らかい空気抵抗によって、俺は地面に降り立つ。

「死ぬかと思った……」

 いや、人間が投身した場合、死ぬのは四階以上らしいけどね。そういう問題でもないと俺は思うのだよ。

 っていうか、コンクリートに激突したら、死にはしなくても絶対怪我するよね。骨折れるとか、頭から血がだーっとか。

風霊シルフ、助かった」

「ヨカッタ」

 本当、間一髪だった、と思ったところで、影がこちらに落ちてくるのが見えた。影がだんだん大きくなって……倉伊だというのがわかった。

 まじかよ。

風霊シルフ

「ダイジョウブ」

 いや、だいじょばないと思うんだけど。刃物突き出して殺る気満々じゃないですか。嫌だ。

 でも、[憑依霊ゴーストハッカー]的には倉伊は本体じゃないから死んでもかまわないという考え方か。くそ野郎め。

風霊シルフ、倉伊を助けろ」

 どうやら風霊シルフさん、俺は自主的に助けてくれるみたいだけど、他はそうじゃないらしいので、俺は仕方なく[傀儡王パペットマスター]を発動させた。倉伊がふわりと柔らかく落ちてくる。この速度なら着地点がわかるぞ。

 俺は着地点に向かい、気を失っている倉伊を受け止めた。どこの天空だ。

 俺の腕力なんてあてにならないが、あてにならなくてもないよりはましだろう。……と思っていたのだが。

「倉伊、かっる」

 倉伊は人間とは思えない軽さだった。いや、それは言い過ぎか。同年代の男子からすると、随分軽い。女子も羨むんじゃなかろうか。俺があまり腕に負担を感じないというのは相当だと思う。走る意外の運動は普段はしてないから。あれ、なんだか言ってて悲しい。

 まあ、俺の体力不足はさておき。倉伊が無事で何より、と息を吐き出したところで、異変が起きた。

「かはっ……」

 喉の奥から粘性を持った液体が溢れてくる。覆った手についたのは、鮮烈な赤。人間が最も見慣れている赤色だ。

 倉伊を近くの壁に凭れさせ、体を離すと、腹部から何かが抜ける感覚がした。冷たい感触が抜けると共に、目眩に襲われる。倉伊の傍らで俺は倒れ込むように地面に手を突いた。

 倉伊の手には血にまみれたナイフ。俺の腹部からぼたぼた落ちる赤。次から次へと目まぐるしく状況が変わったせいか、アドレナリンでも放出されているのか、痛みは感じない。が、結構な重傷であるのはコンクリートの地面に染みていく赤の量でわかる。

 [憑依霊ゴーストハッカー]の執念を感じた。目論見通りにはいかなかったが、[傀儡王パペットマスター]相手に一矢報いたという感じか。自ら手を下さないというのが悪人めいている。めいているというか、悪人だ。

 そこに救いの声が。

「咲原、教室にいないから何事かと……ちょっと、その状況はなんだ?」

 駆けつけた五十嵐の表情が、倉伊のナイフと俺の血を見て険しくなる。まあ、無理もないだろう。crown takerを守る[万能な兵士オールマイティーラウンダー]を名乗る身としては見過ごせない状況だろう。……五十嵐は倉伊に肩入れしているようだし。

 胸がちりりと痛むのを抑え、五十嵐に簡単に説明する。

「[憑依霊ゴーストハッカー]という超能力者が俺を狙ってやったことだ。やつは倉伊に取り憑いて、俺を襲撃した。それで俺はこの通り」

 おそらく[憑依霊ゴーストハッカー]がもう一つの能力を解除したのは、[憑依ハック]した倉伊を窓から飛び出させるためだろう。

 五十嵐が拳を握りしめる。

「なんて卑怯な真似を」

 五十嵐はそういうが、暗殺に卑怯もへったくれもないのである。これが現実だ。

「救急車を呼ぶべきか?」

「いや、超能力絡みだとわかっているんだ。表沙汰にはできない。五十嵐は知実さんに連絡してくれ。もしかしたら、半田や健一朗さんも力になってくれるかもしれない」

「わかった。倉伊は……」

 そこで、五十嵐が倉伊の方に目を向け、きょとんとする。俺もきょとんとした。

 気絶していたはずの倉伊は少し目を離した隙にいなくなっていた。あの短時間で意識が回復したのか?

「……倉伊、一体何者なんだろうか」

「……わからん。ともかく、今は佐倉氏に電話だな」

「ああ、頼む」

 その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。


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