第37話「倉伊のせいじゃないから」
目を覚ますと、白いベッドの上。知らないなんとかというやつだ。そんな安易な目論見に乗せられる俺ではない。可能性は二つある。知実さんのつてか、[WHAT]とやらの施設か、だ。
起き上がって周りを見回し、とりあえず基本中の基本。時計を探した。俺はどれくらい寝ていたのだろうか。
と、思いかけて硬直した。試験管がずらり並んでいる。注射器もある。おそらく採血用の器具も。これが研究施設でなくして何だというのか。知実さんのつてと見た。
とりあえず時計がないのもわかった。研究施設によくあることだ。まずは研究対象の時間感覚を奪うことでこちらのペースに引き込む。なかなか悪どい手口だが、実験というのは一種の催眠のようなものだと以前知実さんが言っていた。人間も動物も、追い込まれたらどう変化するかわからないから面白い。らしい。
どこがドアなんだろう、と思って壁を見ていると、壁の一部が下にスライドした。下にスライドとは斬新だ。
そこで出てきた人物にぎょっとする。
「半田?」
「なんですか、そのあてが外れたみたいな反応は」
目を皿にする半田。いや、確かにあてが外れたと感じたのは否定できない。ここが知実さんのつてであったなら、半田ではなく、五十嵐が出てくるはずなのだ。
知実さんではなく、五十嵐を連想する辺り、以前佐竹が指摘した通り、俺は五十嵐をかなり意識しているようだ。
「……半田ってことは[WHAT]の施設なのか?」
「ご明察です」
半田は得意げに胸を張った。
「ここは我らが[WHAT]の研究施設の一つです。保護した特能者が無傷の場合というのは少ないので、こうして治療設備も管理しているのです」
えっ。
「無傷の場合が少ないって?」
不穏なものを感じながら聞き返すと、半田が首を傾げた。
「特能関係のことは裏社会扱いですよ? 犯罪者や追われる身の方々を保護することが多いんです」
つまり、俺みたいに常日頃から狙われている超能力者は他にもいるってことか。
御愁傷様としか言い様がない。
「全く、咲原くんもあの[
「あ、もう伝わってんのか」
「ええ。五十嵐さんが珍しく頼ってきたので。槍が降らないか心配です」
そういえば、五十嵐に伝えたような気もする。しかし、五十嵐が犬猿の仲である半田を頼るとは。俺はよほど重傷だったようだ。
「よほど重傷だったようだ、じゃありませんよ。あと少しずれていたら、臓器に到達していたってレベルだったんですからね」
「臓器は外れてたのか」
「なんで残念そうなんですか」
そんな風に言ったつもりはない。ただ、思い返せば少々残念だった気もする。死ぬことによって、超能力が解けることもあるらしいから。知実さんにはやるなと散々言われているが。
あんなくそみたいな両親でも一応親なので、子どもなりに心配はしているのだ。それに、人様の迷惑にはなりたくない。……半田と半田が所属する組織に迷惑というか現在進行形で世話になっている現実から目を逸らしつつ。
「あ、そうだ。今何時?」
「一日経ってますよ。午後四時です」
ヤバい。知実さんに怒られる。
そんな俺の心情を察してか、半田が告げる。
「佐倉博士には連絡済みです。五十嵐さんづてですが、まあ、大丈夫でしょう。あの人、そういうところはしっかりしてますからね」
「へぇ?」
半田の口振りが少し面白かった。
「なんだかんだ言って、五十嵐のこと認めてるじゃん」
「べ、別に認めてなんかいません」
ツンデレか。いや、少し違うか。まあ、いいや。
半田にさして興味が湧かないのも……おそらく五十嵐が理由なんだろうな。
あー、自覚してくるとなんだか五十嵐の顔が恋しいな。四時なら下校時間のはずだが……ああ、五十嵐の家は父親がいなくて大変なんだったか。
考えてみると、五十嵐の母さんは女手一つで子どもを二人も育てているのだから、五十嵐が「最強の母」と呼ぶのもわかる気がする。あんな母さんだったなら、俺もこんなに悩まなくて済んだのかな。
さて、となるとあと気になるのは……
「倉伊は?」
「くらい?」
あ、半田はクラス違うから知らないのか。特に全校生徒の前で紹介されたというわけでもないからな。
「俺のクラスに来た転校生。イギリス人とのハーフで、金髪碧眼だからかなり目立つと思うけど」
すると、半田が頬を朱に染める。何故か。
「噂のイケメン転校生くんですね」
「イケメンというより美人だが」
「顔が良くて男子なんだからイケメンです」
さいで。
「ということは、さては半田、面食いだな?」
「そんなこと今は関係ないでしょう!」
図星かよ。
「こほん。で、その転校生くんがどうかしたんですか?」
半田がここで疑問符を浮かべるということは、五十嵐のやつ、喋らなかったのか。倉伊が一連の犯人であることを。
まあ、喋っていないならいい。
「とりあえず、世話になったな」
「ちょ、咲原くん、もう帰るんですか?」
「甥離れできない叔母を待たせてるからな」
「佐倉博士を愚弄するなど、万死に値します!」
愚弄などしていない。ただ事実を述べたまでだ。
さてと、万死に値すると言われた手前、殺されないうちに帰るとしますか。
「ちょっと、ここがどこだかわかってるんですか?」
「[WHAT]の研究施設だろ?」
「それはそうですが……そういう意味ではなく」
「帰り道なら心配ない。ある程度推測はできている」
まず、半田が学校終わりに寄れるくらい手近な場所。それに、俺にはカロンもついている。これは犬の話だが、帰巣本能というものがある。同調能力を疑似的に発生させられるカロンは知実さんの手によって生み出された。知実さんの波長が一番馴染んでいると見てもまあ、間違いではないだろう。
「傷は? 臓器に届いていないとはいえ、深いですよ?」
「それも大丈夫だ。このままここの世話になっていたらなんだかんだと理由をつけてまた勧誘されそうだからな。それなら知実さんのつてを使う」
う゛、と息を詰まらす半田。またしても図星だったらしい。
こんな胡散臭い組織と関わりを持つ気はない。胡散臭いのは健一朗さんだけにしてくれ。
それに。
俺にはここから出て、会わなければならない人物がいる。
方向感覚を頼りに胡散臭い研究施設を抜け、ほどなくして、黒輝山学園が見えてくる。俺は家ではなく、そちらに向かった。
校門前。誰かと待ち合わせして、待ちぼうけを食らっているかのように呆然と立ち尽くす金髪碧眼の人物。この学校で金髪碧眼は一人しか思い当たらない。
俺はなんでもない風に片手を上げた。
「よ、倉伊」
「さ、きはら、くん」
倉伊は言葉を失っている。正直、まだ腹がじくじくと痛むが、耐えられないほどではない。
倉伊は言葉を選びかねているのだろう。何せ昨日殺しかけた相手だ。俺なら目が合った瞬間に速攻で逃げているところだ。……ただ、俺は倉伊を「敵」と認識していなかった。したくなかったとも言える。
だから、倉伊が何か言う前に、口早に言ってしまう。
「倉伊のせいじゃないから」
倉伊がばっと顔を上げ、目を見開いた。気づかれていることに気づいていなかったのだろうか。優秀なやつにも、穴はあるもんだ。
だが、俺は安心した。ずっと気がかりだったことだ。昨日刺されてから、ずっと。
「だから、これからも友達として、よろしくな」
手を差し出すと、倉伊がそろそろと握った。握手ができたことで、俺は安心した。
結局のところ、俺は、ただ単に友達を失いたくなかっただけなのだ。
──倉伊の正体が何であろうと。
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