第38話「こうして笑い合えるだけで」
倉伊のせいじゃない、とは言ったが、倉伊に俺を殺すという目的があったことも、今回の件から垣間見える。
俺の
……けれど、俺には結局のところ、倉伊を悪人だとは思えないのだ。倉伊が俺を刺したのは間違い。[
家に帰ると、知実さんが夕刊を読んでいた。
「ただいま」
「ああ」
おかしい。一日日を空けて、しかも暗殺者に襲われて重傷を負って帰還した俺である。普段の知実さんなら、傷に障ると言っても抱きついてきそうなものだが。
知実さんは夕刊に釘付けになっている。
「なんか気になるニュースでも?」
別に寂しくはないので、極めて普通に対応する。知実さんが心ここにあらずといった感じで「ああ」と答え、しばらく記事を読み耽ってから、新聞を返してみせた。
「[
俺は耳を疑った。だが、知実さんに示された新聞をよく見ると、一般誌ではなく、「超能力特報」というこの業界の新聞だった。
見出しには「謎の暗殺者、その正体とは」という文句が書かれており、その謎の暗殺者というのが[
「これって、女の子だよね……? 未就学児?」
「ああ。まだ五歳らしいぞ」
そんな子どもが殺害されたというのも痛ましいことだが、何より驚くべきはあれほど恐れられた暗殺者の正体が五歳の女の子であるということだ。
「デマじゃないの?」
俺は当然、情報を疑った。が、知実さんが即座に否定する。
「それはないな。[
知実さんは超能力学界におけるトップレベルの科学者だ。何がどういう仕組みなのかはわからないが、その人物の能力を特定する機械だか何だかがあるらしく、超能力者で死人が出たときは科学捜査班として駆り出される。その調査の精密性は高い。というか、他に専門家がいるわけではないので、疑いようがない。
知実さんは淡々と説明する。
「お前の[
随分酷なことを言う。だが、現実がそうだったのだから、俺は容易に否定することはできない。
それでも、腑に落ちないことがある。
「こんな小さい女の子が[
そこなのだ。俺が生まれる前から暗躍していたのなら、俺より年上であることは間違いないし、下手をしたら、知実さんくらいの年齢でもおかしくないのだ。
それがこんな女の子では、辻褄が合わない。発達障害というわけでもなさそうだ。知実さんが五歳と言っていたのだから五歳なのだろう。
知実さんは何やら言いにくそうな様子で口をつぐみ、傍らにあったマグカップに入ったコーヒーをいかにも苦そうに口に含む。それをしっかり飲み下してから、語り始めた。
「甥よ、超能力が遺伝と関係があることは知っているか?」
「え、そうなの?」
知実さんは一つ頷き、言い切った。
「超能力は遺伝する。この女児はローザ・クレイアという名前だが、その母親を調べてみたところ、何年も前に亡くなっていた。バンシー・クレイアという女性に行き着いた。バンシー・クレイアはかつて一度だけカメラに向かって犯行予告をした[
暗い表情で知実さんは続ける。
「血の因果というのは恐ろしい。超能力はそのまま遺伝する場合もあるが、別な能力に変容する場合もある。ローザには脳の異常も見られた。
俺は唖然とする。つまり、今回の事件はバンシーの執念だったということになる。
「それで、そのローザって子は
俺は拳を握りしめる。
「これじゃあ、本当の
拳を震わせる俺に、知実さんは言う。
「甥よ、超能力者とは、得てして数奇な運命を辿るものなのだ。お前がそうであるように」
……両親のことを言っているのだろう。
「能力が強ければ強いほど、その運命というのはより能力者を狂わせていくものらしい。まあ、無能力者の私が言うことではないがな」
ともあれ、と知実さんは微笑んだ。
「私たちは幸せだよ。こうして笑い合えるだけで」
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