第55話「あなたは私のお姉ちゃんでした」
「あなたは私のお姉ちゃんでした」
俺が向かった先で聞こえてきたのは半田の声。部屋がぴりぴりと熱い。中を覗くと、所々服と髪の焦げた五十嵐がぼろぼろの美星と向き合っていた。いや、毛先や服の端程度で済んでいるとか奇跡すぎるのだが。
その間に半田が割って入っていた。
「お姉ちゃん[でした]?」
半田の言葉を言及したのはその言葉を向けられた当人である美星だ。五十嵐は身構えているものの、半田に任せるつもりか、動く気配がない。
「だって、美星さんにとって、私が妹じゃないなら、私に[お姉ちゃん]と呼ぶ資格はない」
言い切った半田にふん、と鼻を鳴らす美星。
「わかってるんじゃない。そんなあんたが何をのうのうとあたしの前に顔を出してるわけ? あんたのそののほほんとした顔を見るだけであたしは業腹が立つのだけれど。っていうか死んでなかったのね。さっきの男の子にでも助けてもらったの? 兄殺しのくせに、生意気ね」
「本当、言う通り!!」
何故か半田が満面の笑みなのだが。
「私は兄殺しで生意気で、呑気こいてるから誰かに助けてもらわないと生きることもままならないの!! いつも口喧嘩ばかりの女の子とか、いつも釣れない男の子とかでもいい。助けてくれなかったら、私は美星さんに会うことはなかったわ!!」
「よかったじゃない。いいお友達ができて」
当て擦るように美星が言うのに対し、半田は恐ろしいくらいに笑みを崩さない。一周回って黒さを感じるくらいに。
半田は即答する。
「とんでもない!! とんだ迷惑だったわ!! 五十嵐さんも咲原くんも、なんでこんな余計なことするの? お節介や冗談は存在だけにしてって感じ!!」
爽やかに、一息に、言いたい放題言ってのけた。五十嵐がガチギレ寸前でなんとかこらえてくれている。
「美星さんになんて会いたくなかった!! どれだけ私が阿呆だろうが、美星さんに嫌われているどころか憎まれていることなんてわかりきっていたもの!! 一生会わずに済めば、痛い思いなんてしなかった!! 苦いことなんて思い出さずに済んだ!! なんてことしてくれたの!!」
ええ……さすがに俺も引くんだが。
怒りが一周回って鎮まったらしい五十嵐がこちらにやってくる。こそっと耳打ちした。
「あの女、何を言っているんだ?」
「思ったことを考えなしにそのまま言ってる」
「……馬鹿なのか?」
それは俺も思った。
けれど、半田は美星に全てさらけださなければならなかった。それがきっかけ……[
美星は困惑している。何を言っているのか、意味がわからないのだろう。けれど、半田の言葉の一つ一つが
「何を、言って……」
「美星さんに再会なんてしたくなかった。私のお姉ちゃんじゃない美星さんなんて──いらない」
五十嵐が目を剥き、反論しようと行きかけるのを止めた。口を押さえたので、目で訴えかけてくる。[何故止める?][何故止めない?]と。
そんな一方で美星は頭を抱えて踞る。
「うそ……嘘だわ。なんで? 美月はあたしにあんなに執着してたじゃない。なんで? もうお姉ちゃんじゃないから? いらない? 捨てられるの? あたしが? 美月に?」
……おー、予想以上の効果だ。
美星が混乱というよりか、錯乱し始めている。もう口からは[美月]としか零れない。
明らかに五十嵐だけが蚊帳の外だったので、小声で説明した。
「あのろくでもない組織の実験はまだ終わってなかったんだよ。皮肉だよな、組織は壊滅したのに自動継続になった実験は成功するなんて」
「実験……? 今度は何だ?」
「──人為的に[
[
けれど、人間とは持てる力に貪欲で、超能力がなければ超能力を欲し、超能力を得ても尚、別な能力を羨んだりもする。
その体現が、半田と美星のいた組織だ。
「半田陽太は実験成功のための文字通りの
そう、美星に半田の能力を操れるようにしたのと同時、半田にも実験の種を埋め込んでいた。
半田、美星、陽太はほとんどずっと一緒にいた。だからこそ、この複合実験の被験者にされたのだ。
強く同調した上で、同調した相手の能力の発動を認識できれば、相手の能力の使い方がわかり、理論上、相手の能力も使うことができるようになる。
これは一度[学会]でも論議になった話らしい。半田の話を知実さんにしたら、それを教えてくれた。
つまり、陽太と強く同調した状態で陽太の[
その能力で、美星に最大級の[仕返し]をしているのだ、半田は。
自分が味わった絶望を美星にも味わわせて、理解を得ようとしている……馬鹿げた話だ。
それで、美星が本当に絶望しているのだから、本当にこの二人は世話が焼ける。
「美月、美月、ごめん、ごめんなさい……本当は……本当は……」
泣きじゃくる美星の頬を半田が包み込む。
「馬鹿だなぁ、お姉ちゃん。謝るのは私だよ。ひとりぼっちは、寂しかったよね……」
「美月……」
躊躇い気味に背中に手を回す美星。それを感じ取り、抱きしめ返す半田。
「一件落着だネ」
「健一朗さん」
軽く忘れていた。
「まァ、超能力者は例外なく保護対象だ。[
耳をつんざく普通なら聞くはずのない音がした。ゲームのような安っぽさのない重厚な銃声。見れば、美星の頭の右から左へ、弾が突き抜けていた。
「え……?」
半田が傾いだ美星の体を支える。
「お姉ちゃん……?」
返事はない。
「誰だ!?」
いち早く冷静になった五十嵐が、銃弾の飛んできた方向を向く。
そこには、灰色の髪に灰色の目、喪に臥すような黒装束の青年が役目を終えた拳銃を捨てて立っていた。
気づかなかった。カロンも反応しなかった。
そいつは無表情で名乗る。
「俺は[
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