第56話「人から外れた者の殺し屋」

「アンダーテイカー……英語で、[葬儀屋]という意味だったか」

 五十嵐は喪服の青年から目は逸らさず、彼の名乗った名前を咀嚼している。まあ、英語で[葬儀屋]はもう一つ[モリティシャン]という読みがあるが、日本人にとってはアメリカ英語だろうがイギリス英語だろうが等しく英語だ。

「聞いたことがあるネ」

 健一朗さんが語る。

「こういう界隈じゃ有名な殺し屋だ。[葬儀屋アンダーテイカー]……まあ、単純に[葬儀屋]と呼ばれる場合もあるようだが、超能力者専門の殺し屋の名前だった。けれど、今代の[葬儀屋]は人殺しはしないと聞いたケド」

「間違ってはいない」

 青年は即答した。それから、訂正もする。

「正確には[人から外れた者の殺し屋]。要するに、人でなしとか呼ばれるやつも、最近は対象に含んでいる」

 五十嵐がその一言を聞き終えるが早いか、青年に近づき、顔をぶん殴っていた。ぐーで。

 鈍い音がして、俺は思わず目を逸らした。けれど、青年は少し顔を逸らしたくらいで、平然と立っている。

 それだけでも異常だ。五十嵐は攻撃に力を乗せるのが上手い。故に、一撃で相手を伸すのが常なのだが。

 俺としても、変な感じというか、引っ掛かる部分がある。気配なくここに来られたため、同調しているのではないか、と思ったが、妙にすんなり同調してしまう。つまり[超能力者]ではない。心の声も聞こえない。

 無……その一言だ、この青年を表現するとすれば。何も心の中にない。けれど、自我がないわけではない。害意もない。殴られたことすら何とも思っていない。痛いとすら。

 その空恐ろしさに俺が冷や汗を掻く傍ら、五十嵐は激昂していた。

「田辺美星は確かに悪さをしたかもしれない。非道な組織に魔改造されたかもしれない。けれど今、あれほど憎んでいた相手とわかり合うことで、その人間性を取り戻そうとしていたのに!! 貴様が撃たなければ!! 戻れたのに!!」

 怒鳴り散らす声に涙が混じってくる。五十嵐は思ったより半田の気持ちを重視していたらしい。[お姉ちゃんと和解したい]という。

 五十嵐の言う通り、半田とぶつかり合ったことで美星は人間性を取り戻そうとしていた。半田の言葉に涙を流す心を取り戻し始めていた。

 それをこの男が打ち砕いた。

 その主張は涙混じりなこともあり、普通なら胸に訴えてくるものがあるはずなのだが。

「すまない。人間性とは何だ?」

 青年に動揺は見られなかった。しかも、この質問。普通とはとても言えない。

「このっ……!!」

「やめてください!!」

 半田が五十嵐を羽交い締めする。五十嵐はわりと本気で振りほどこうとする。そこへ俺が仲裁に入った。

「五十嵐、一番悲しいはずの半田がこう言ってるんだ。先走るな」

「咲原、だが」

 何だったらあまり使いたくはないが、五十嵐に[傀儡王パペットマスター]を使ってでも止めようと思った。この青年に道徳を説くのは無意味だ。

 ……と思っていたが、その必要はなかった。

 既に、青年の姿は消えていたのだ。

「え……?」

 同調能力も途切れていた。たぶん、仲裁に入ったときに、俺が気を逸らしたから。感情や道徳がわからないという割に、こういうタイミングは弁えているらしい。不思議というか、不自然な青年だった。

「……間違いない、彼は[葬儀屋]だ」

 健一朗さんがわざわざ告げたので振り向くと、美星さんの遺体にオレンジ色の花が供えてあった。

「これ、今の[葬儀屋]が自分が仕事をした後に置いていく弔い花だよ。たぶんね」

「弔い花だと? ふざけやがって……」

 五十嵐はかなり怒り心頭である。

「まあまあ、こうなった以上、表沙汰にはできない。超能力が絡むと、大抵はボクらみたいなのが片付けなきゃなんだけど」

「[葬儀屋]とは何だ? 人から外れた者の殺し屋とかほざいていたが」

 難しいねぇ、と目を細め、健一朗さんが説明する。

「要するに[情報屋]を介して依頼を請け負う殺し屋の一人だ。ただ、彼の場合は[人間]という枠組みの外のもの──例えば、科学実験で暴走した実験動物モルモットの駆除とか、殺し屋という割に平和な仕事をしていたはずだけど」

 科学実験が平和かどうかはさておくが。なるほどな。

「たぶん、美星さんがどういうものか知っていた人がいて、その人が[実験動物モルモットの暴走]として[葬儀屋]に依頼した、と」

「件の組織の生き残りがいたということか」

「もしくは資料を入手していた誰かだね。興味があったので、引き継ぎ観察、はよくある話だって聞いたよ」

「あの」

 半田が声を上げたのでそちらを向くと、悲しげに笑った。

「お姉ちゃんを弔いましょう?」

「……それが先だな」

 俺たちは美星の遺体に手を合わせ、事後処理は健一朗さんに任せて帰ることにした。

 五十嵐と二人の帰り道。カロンが肩に留まった状態の俺は何と言ったらいいかちょっとわからなかった。

 五十嵐が怒るところは見たことがあるが、あのレベルのガチギレは初めて見た。美星とは直接対決して、半田レベルで嫌悪していると思ったのだが。

「五十嵐、なんで殴った?」

「……あー」

 五十嵐が珍しく言い淀む。気まずそうに口を開いた。

「実は、八つ当たりだ。田辺美星に同情したとか、そんな綺麗な理由ではない。

 もし、あいつが人道から外れた[人でなし]を殺すのだとしたら、殺してほしかったやつがいた。それなのに、何故不当に扱われた人間ばかり罰を受けるのか、理不尽に思ってな」

 正義感の強い五十嵐が殺してほしいやつがいたとは、相当だ。過去形だから、死んでいるのだろう。

 疑問はいくつもあった。五十嵐と話し合って解決したいとも思った。けれどもう夜だ。母子家庭の五十嵐は帰らなければならない。

「じゃあ、また明日、学校でな」

「ああ」

 ──釈然としない思いも、喉元過ぎれば熱さ忘れるというか。翌朝、登校する頃には頭の中から消え去っていた。

 半田が久しぶりに登校してきて、嬉しかったから。

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