第54話「五十嵐とも喧嘩すればいい」

 五十嵐と別れた俺は地下に向かった。五十嵐は階段近くで戦っているはずだが、超能力の使われたような派手な音はない。まさか素手で伸しているのだろうか。運動神経抜群だもんな……

 となれば、狙い通り、美星の気は散っていると考えていい。

 俺たちの狙いは美星の気を散らし、半田から逸らすことで、半田にかかっている強制力フォーシングを弱めること。そこに俺が強制力フォーシングをかけ、半田の能力掌握権を得ること、だ。

「順調かい?」

「おかげさまで」

 地下で健一朗さんと合流する。健一朗さんは肩を竦めた。

「ひどいよ。今の今まで、作戦、ボクには教えてくれないんだから」

「あはは……」

 健一朗さんにはこの作戦を今日教えた。これまでの半田へのアクセスは美星の強制力フォーシングを弱らせるためのものだったとか、美星がここに来たときに半田への能力掌握アクセス権を取り返すとか。

 まあ、念には念を入れ、という話である。半田がこの組織に所属しているのを美星は把握していた。更に半田の能力を遠隔操作しているのなら、半田の位置を把握する必要もある。そのために必要なのは情報だ。それも、正確で厳密な。そんな情報を仕入れるためには[情報屋]を頼るしかないだろう。

 [情報屋]は超能力の有無に拘わらず、裏社会に存在し続けてきた。超能力を用いている場合はどこに目があってもおかしくない。当然、半田の保護者代わりになっている健一朗さんの動きは目をつけられているだろう。

 健一朗さんを信頼していないわけではないが、事態は常に最悪のパターンを想定しなければならない。というわけで、健一朗さんにはぎりぎりまで話さないことにしていた。

 まあ、五十嵐も何も言わないでくれたのが幸いだった。五十嵐は健一朗さんを信用してないだけかもだけど。

「開けてください」

「あいよ」

 健一朗さんが手を翳し、半田のいる部屋の扉を開ける。

 中は、以前ほどの熱はなかった。やはり、美星の強制力フォーシングが弱まっている。読み通りだ。

 これなら、半田と同調しても平気だろう。

 同調能力を展開する。すると、半田の声が聞こえてきた。心の声。

「ごめんなさい……」

 お姉ちゃん、と続く。きっと、罪悪感に囚われているのだろう。[傀儡王パペットマスター]を発動させてもいいのだが、半田の精神がぼろぼろだ。安易にすべきではないだろう。

「半田」

 俺は直接声をかけた。飲まず食わずで憔悴しきった体に触れる。いつも通り、冷たい。人間の体温ではない。半田は自分でコントロールを取り戻したんだ。俺の介入は余計だっただろうか。

 ……いや。

「半田、生きろ」

「な、んで?」

「俺がそう望むからだ」

「命令、すればいいじゃない、ですか」

「それじゃあ半田の意志がなくて駄目だ」

「きれい、ごと……」

 声をかけてやらなければならない。能力で繋がるということはどういうことか。それは直に相手の感情を身に受ける。相手の強制力フォーシングがどんな感情の下に生まれたものか、嫌でもわかってしまう。

 美星はきっと、憎しみだっただろう。美星からすれば、半田の兄を殺したのは半田だからだ。周りにどんな目論見があったかなんて関係ない。一度思い込んでしまえば、簡単に変わらない感情、それが強制力フォーシングだという。まるで、誰かにそうであれと強いられているような……そんな力だ。

 最初は俺の強制力フォーシングを挟んで徐々に半田に戻していくつもりだった。けれど半田は自我を取り戻した。

「お前は生きたくないのか?」

「死んで詫びても足りない。後悔をどれだけしたって帰ってこない……そういうことを、私はしたの」

 だから生きるの、と小さく続いた。

 俺はふっと笑った。

「強いじゃんか」

「強くない。償い方が、わからない」

「なら、生きて話してみればいい。美星さんはそこまで来てる」

 ぱっと起き上がり、半田は目を見開く。

「お姉ちゃんが?」

「だいぶお前にご執心だ」

 悪い意味で、だが。それに、話を聞いてくれるかわからない。会ってまたアクセスをされてしまったら元の木阿弥だ。

 というわけで、半田の精神補強をしてやろう。

「五十嵐も戦ってる」

「え、なんでですか」

 声が平坦になった。本当仲悪いよな……

「[クラウンテイカー]のためだそうだ」

「はは、あの人らしい」

姉妹きょうだい喧嘩に口を挟む気はないさ。それが終わってから、五十嵐とも喧嘩すればいい」

 半田はくすっと笑った。

「止めないんですか、喧嘩」

「あー……もう日常だから」

「日常……」

 半田が遠くを見つめたようだった。美星の名を出した時点で俺たちが半田の過去を知ったことは察しているはずだが、それより、過去を懐かしんでいるのだろう。

「いくらでもぶつかればいい。兄弟喧嘩なんてよくある話だ。まあ、兄弟いないから知らないけど」

「無責任ですね」

「いいだろ、別に。ほら、とっとと行ってこい」

 半田の手を引くと、半田は立ち上がった。

 颯爽と部屋を出ていく。

 吹っ切れただろうか。

「さて、と」

 姉妹きょうだい喧嘩は姉妹で済ませてもらうとしても、王様気取りで高見の見物をするつもりはない。

 ちゃんと、見届けよう。

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