第31話「今日も会えてよかった」
学校に着くと、静かだ。佐竹がなんやかんやと話しかけてくるが、その騒がしさは気にならない。
授業が始まってもやってこない五十嵐という存在について、俺は少し考えた。
五十嵐は俺を[crown taker]だという。[王冠を戴く者]という意味になりそうだが、俺はそんなたいそうなもんじゃない。ただ、五十嵐の中でcrown takerは超能力者と同意義であるようだから、一概に否定もできない。
五十嵐は佐竹の言う通り、モノホンの中二病だ。中学二年生から、今みたいなイタイ物言いをするようになったらしい。いつから名乗っているのかは知らないが[
[王]になりたいのではなく、一[
そうして見つけた王が俺というのが、なんだか納得のいかないところだが、それは五十嵐の価値観の中でのことだ。他人の価値観を知ろうだなんて傲慢にも程があるだろう。
「なぁに黄昏れてんだ?」
佐竹が俺の思考の中に介入してくる。大したことではなさそうだから、別に佐竹を怒るような真似はしない。
「別に、黄昏れてなんか」
「ふふーん、さては五十嵐のことを考えていたな?」
人の話を聞かない佐竹に思うところはあったが、図星だったので、対応に困った。黙り込んでいると、図星かよ! と笑われた。勝手に笑っていろ。
「ったく、知り合ってから五十嵐五十嵐って五十嵐にぞっこんなんだから。ああ、あの人付き合いが下手くそな咲原にとうとう想い人ができたとは感無量だねぇ」
「適当なことを言うな」
「適当って辻褄が合うようなことを意味するらしいぜ?」
「揚げ足を取るな」
こんな実りのない会話で、たった十分という貴重な休み時間が浪費されていく。倉伊は物珍しそうに俺たちを見ていた。俺がそちらを向くと、にっこり微笑む。
「二人の会話のテンポ、いいですね。餅つきで餅をつく人と餅を練る人みたいな」
また独特な表現を持ってくるものだ。だが、結構しっくりくる。
佐竹がくい、と親指で俺を示す。
「咲原は人と喋るのが苦手っつってけど、実際喋ると上手いぜ」
そう思ったことはないが。
「漫才くらいならできんじゃねぇの?」
「それはお前や五十嵐がボケ倒すからだろ?」
「リベロ並に拾ってんじゃん」
ぐ、否定ができない。
そんな佐竹の言葉に、倉伊が外国人らしく、「ジャパニーズ漫才見てみたいです」などという。お前、日本語が堪能なのではなかったか。
「ほら、ちょうど相手も来たみたいだし」
「相手って」
と口にしたところ、教室のドアががらりと開き、安定のポニテ姿の五十嵐が入ってくる。
「咲原、無事か?」
「無事も何も、この通り」
こうして普通に座っている時点で察してもいいようだが。
「今日も会えてよかった」
そう紡いで、五十嵐は胸を撫で下ろす。そんなに心配していたのか。
「倉伊もな」
五十嵐が倉伊に微笑むと、胸がちくりと痛んだ。
その痛みの正体には……気づかないふりをするのだった。
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