第30話「物騒ですね、この街も」

 佐竹と通学なんていつ以来だろうか。

「なんか悪いな、咲原。俺倒れてたって?」

「ん、まあ」

 佐竹にはそういう風に伝えておいた。[憑依霊ゴーストハッカー]という超能力者が取り憑いて襲ってきたのだ、とは言わなかったし、言えなかった。佐竹を傷つけるかもしれないし、今までの佐竹の傾向からすると、本気にしない可能性が高い。本気にしないのなら、伝えても意味のない情報だ。

 それに、先程の[傀儡王パペットマスター]ではかなり強引な強制力フォーシングを使った。強制力フォーシングも度を過ぎると人の記憶を奪うらしい。もっとも、俺はわざと強制力フォーシングを強くしたのだが。

 [憑依霊ゴーストハッカー]の手口として聞いたことがある。取り憑いた間の記憶を残すことで、罪悪感から取り憑いた相手を自害させ、証拠隠滅を謀る、と。佐竹にそんな風にはなってほしくなかった。どちらにせよ、こうして強制力フォーシングで記憶を消せば、証拠隠滅には繋がるよく考えられた作戦だが、俺は[憑依霊ゴーストハッカー]の居どころより、佐竹の命を優先した。……もう、俺のせいで誰も失いたくなかったから。

 それと、これで一つわかったことがある。[憑依霊ゴーストハッカー]は俺の近くにいる。同調系の超能力であるこれは本体……能力者の体が近くになければ発動するのは難しい。まあ、手練れになると、キロ単位で操れるらしいが。

 普通の通学路に戻った俺たちが歩いていると、後ろから声がかかった。

「おはよう、咲原くん、佐竹くん」

「おう、倉伊」

 佐竹もいつの間に友達になったのか、気安く声をかけているが金髪碧眼の麗人は眩しい。日本に慣れているからか、対人経験が極端に少ないからか、俺は佐竹のようにすぐに答えられなかった。

 倉伊はイギリス人と日本人のハーフで、日本に来るにあたって、日本語をある程度勉強したらしい。だから、見た目に反して日本語ペラペラだ。ただ、まだ基礎的な日本語しか知らない様子。現代語とか若者言葉とか言われるものにはまだ疎いらしい。

「そういや、物騒なニュースあったよな。俺襲われたの、案外その犯人だったりして」

「え、佐竹くん、襲われたんですか?」

「よくわかんねぇけど、咲原が倒れてるところを見つけたって。それより朝刊見たかよ」

 朝刊の話ならナウい。

「あれだろ、三人の男の変死体」

「そうそれ」

 殺された三人、昨日俺が会っているんだけどな。そういえば、五十嵐が事情聴取受けているんだっけ。

「物騒ですね、この街も」

 倉伊の言葉に俺は頷く。殺人がどうの飲酒運転がどうの、景気のいい話の方が少ないが、自分の身の周りでなければ所詮は他人事なのだ。まあ、当事者でなければ全ては他人事なのだろうが、身近で殺人が起こると、物騒だなとか怖いなとかは思う。暗殺者からいつも追い回されているのはさておき。

「五十嵐が参考人らしいってのは聞いたけど、五十嵐は絶対犯人じゃないだろ」

 佐竹が珍しくまともなことを言うものだから、ついつい引き込まれる。

「ほう、その心は?」

「五十嵐は中二病だが、厨二病ではねぇからな」

 発音だけでは全くわからんが、言いたいことはわかる。

 倉伊が首をこてんと傾げた。項で結ばれた金の尻尾がさらりと揺れる。

「ちゅーにびょーにも種類があるんですか」

「ああ。日本語は奥が深いからな」

 それで日本語の奥深さを語るのもどうかと思うが、まあ、日本語というより現代語だ。佐竹がテキトーなことを吹き込まないうちに説明しておく。

「倉伊、この二つの[ちゅーにびょー]っていうのは漢字での書き方が違うんだ。

 片方は中学二年生で中二病。まあ、中学二年生くらいのなんかよくわからない言葉のかっこよさとか設定とかに溺れることを指す。

 もう片方は厨房の厨と書いて厨二病だ。中学二年生との大きな違いは、その重症度かな。厨二病はあまり好かれない。人様に迷惑をかけることがあるからな」

 説明をふむふむと聞いていた倉伊が、ふと切なげな表情になる。

「人に迷惑をかけるのは、よくないですね」

 ごもっともだ。

「確かに、そういう点で言ったら、五十嵐さんは人に迷惑をかける感じの人ではありませんからね」

「どちらかっつーと、人を助ける方が多いんじゃないか?」

 危うく口を滑らせるところだったが、昨日俺が五十嵐に助けられたのは事実だ。それ以前にも、五十嵐には色々と助けられていて、俺はある程度の信頼を置いている。

 ──佐竹に言われた「好きなんだな」という言葉を否定できない程度には友達やってる。

 さて、もしかして、流れで俺が警察さんの御厄介になるかもしれないけれど、そんなことより、俺は警戒しなければならないことがある。

 [憑依霊ゴーストハッカー]の超能力者についてだ。いつどこから襲ってくるかわからない。……というのもあるが。

 先程、倉伊の発言で一つ引っ掛かるところがあった。

 倉伊は変死体の事件の話が出たとき「物騒ですね、この街」と言った。つまり、他の街も物騒であることを知っている。

 できたばかりの友達を疑うのもどうかと思うが、知実さんによれば、[憑依霊ゴーストハッカー]だけでなく、[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]もこの街にいることがわかっている。二人の高名な超能力暗殺者は警戒すべきだ。現に、俺はついさっきまでその片方の脅威を思い知らされていたのだから。

 [憑依霊ゴーストハッカー]は強力だ。術者が近くにいればいるほど。だからこそ思う。今、このタイミングで倉伊が合流したのはもしかしたら……倉伊が[憑依霊ゴーストハッカー]だからなんじゃないか、と。

 倉伊がこの街に来たのと、[憑依霊ゴーストハッカー]がこの街に来た時期が一致しているが故に、疑わざるを得ない。

 でも、接近するために同じ学校に入るというのはありがちだが、手っ取り早い。……友達になろう、なんて言ってしまったが。

 俯いて、そんなことを考えながら、俺は登校した。


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