思いもしなかった他人の過去に触れてみました。

第40話「やっぱりお前は罪なやつだよ」

 倉伊が俺を刺した──正確には[憑依霊ゴーストハッカー]に操られて刺したという案件があってから、変わったことは一つだけ。

「咲原くん!」

「パス」

「まだ何も言ってないじゃないですか!?」

「いや、わかるし」

 半田からの[WHAT]への勧誘が以前よりごりごりと押してくる感じなのだ。おそらく、瀕死の重症になったことに漬け込もうとしている。なんだかんだで[WHAT]には結局世話になっているし、すっぱり断ることができていないというのが実状である。

 まあ、両親の一件以来、他人を拒絶しきることができないでいる自分がいるのもあるだろう。だから五十嵐のことだって振り払えない。

「あのですねー、咲原くんの能力は暗殺業界でも指折りの特能者を動かすほど重要視されているんです。[憑依霊ゴーストハッカー]の一件でわかったでしょう? これでは危険が増す一方ですよ」

 それも道理だが、だからといってやはり怪しげな組織に入るわけもない。特に胡散臭い自称図書館のお兄さんがいる限りは。

 けれど、知実さんと俺と五十嵐だけでどうにかできるレベルでない相手もいる、というのは、悔しいながら、[憑依霊ゴーストハッカー]の一件でよくわかった。ああいう名の知れたタイプの超能力者は名の持つ効力に見合った実力を兼ね備えている。だからこそ、恐れられる。

 わかってはいるが……

「俺にとっては自分の能力育成や安全よりも、知実さんの研究の方が大事だよ」

「うっ……」

 最近わかったことだが、半田は知実さんの名前を出されると弱い。どうやら敬愛しているようだし、知実さんの研究というのは[WHAT]的にも捨てがたいのだろう。

 知実さんの研究内容は公にこそなっていないものの、超能力業界ではトップに君臨するといっても過言ではないものだ。超能力の系統判別、同調能力の発見、強制力フォーシングの発見、更には超能力の細かい判別方法まで世に送り出している。しかも、知実さんは超能力者ではないのに、擬似的に同調能力を使えるロボットまで作った。佐倉知実を超能力業界で知らない者がいたら、超能力関係者としてかなりもぐりであると言われるほどに。

 ……知実さんの被験者として、俺は存在する。いつかこの能力を解いて消すために。それは知実さんが自主的に始めたのではなく、俺が頼んだからだ。それを俺が放り出すことはできはしない。

「俺はこんな力、欲しくなかった。だから、知実さんと研究するし、もし、能力が消えるなら死んだって」

「馬鹿言わないでくださいっ!!」

 目を丸くしてしまった。こういう能力に関するネガティブ発言で、五十嵐がいい顔をしないのはわかっていたが、半田に怒鳴られるのは想像したこともなかった。

 他も同じだったのだろう。後ろの席でのんびり焼きそばパンを頬張っていた佐竹が固まり、駄弁りに来ていた五十嵐も、狐につままれたように半田を見ていた。

「死んで能力がなくなるなら、私だって……」

「は、半田?」

 悲痛な色を浮かべた顔。きりきりと握りしめた手。半田の見たこともないくらい真剣な様子に只事ではないのはすぐわかった。

 ──超能力者は誰しも、何か思っているのだ。自分の能力に対して。

 少なくとも、半田はそうでなければ、[WHAT]なんて組織に入っていないだろう、ということに、今気づいた。半田の能力[偽りの恒温動物サーモグラフィ]は、使い方次第では危険かもしれないが、何もしなければ、普通の人と変わらなく、生活できるはずなのだ。それが暗殺者と立ち合うことになるかもしれない危険な業界にいる。これはおかしいことなのだ。

「半田、お前……」

「……取り乱しました。今日はもう失礼します」

 つかつかと半田が去っていくのを、俺はぽかんと見送ることしかできなかった。

「あいつにも何かあるのだな。ただの無能女だと思ったが」

「無能は言い過ぎだろう」

 わりと世話になっているのだから、五十嵐ももう少し態度を軟化させればいいのに。

「あーあー、やっぱりお前は罪なやつだよ、咲原」

 トマトジュースのパックを吸いつつ、佐竹がいつも通り茶々を入れてくる。

 いつも通りなので無視の方向で、と思ったのだが、付け加えられた言葉があった。

「泣いてたじゃん、半田」

「は?」

 泣いていた? あの気の強い半田が?

 俺は半田が去っていった方を見て、それから半田の先程の言葉を反芻した。




「死んで能力がなくなるなら、私だって……」




 半田は一体、何を抱えている?

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