第41話「この笑顔、殴りたい」

 放課後の図書室。なんか、昼に半田と喧嘩してしまったみたいな感じになって、半田と話そうかと思ったんだけど、気まずさが邪魔をして半田の教室にはいけなかった。

 佐竹には、喧嘩したならその日のうちに解決するのが一番いいとは言われたけど……それも道理なんだけど……


「死んで能力がなくなるなら、私だって……」


 半田の絞り出すような泣くのをこらえるようなあの声が耳に焼きついて離れない。それに俺は引っ掛かりを感じていた。

 [WHAT]への誘いは即座に断ってきた。それ故に、半田とそれ以外についての話をしたことがなかった。……思えば俺は、半田のことをよく知らないのだ。

 知っていることと言えば半田のクラスと容姿と押しが強いことと[偽りの恒温動物サーモグラフィ]という能力の概要くらいなものだ。

 ──もし、半田も望んで能力を得たわけでないのなら。望まぬ形で能力を使ってしまったことがあるのなら。

 半田が[WHAT]という組織に所属しているのには、藁にもすがる思いがあるのではないか。


 俺と同じで、能力を消す方法を探しているのでは……?


 そんなことを考えていたら、図書室に来てしまった。胡散臭さしか感じない自称図書室のお兄さんしかいない場所に。けれど、その人も[WHAT]に所属して、同じ学校にいるということは、半田について何か知っているかもしれない。半田と違い、司書として入っているのは年齢的な問題もあるだろうけれど……もしかして、半田のお目付け役なのでは?

 だから半田のことが知りたくて、健一朗さんの元を尋ねた。

 司書室に繋がるカウンターに立つと、紅茶の香りが奥の方から漂ってきた。気配もあるし、健一朗さんはいるんだろう。

「あの」

「ん、おやおや、君が自分からここに来るのは珍しい」

 のんびりティータイムモードのまま、健一朗さんが出てくる。胡散臭いけど、女子が騒ぐ程度のイケメンが保たれた笑顔。これが健一朗さんの通常モードとはいえ、こちらは真剣で深刻な話題を抱えているので、この笑顔、殴りたい、と一瞬本気で思ってしまった。

 どうどう、と自分の暴走しそうな心を宥め、俺は本題を切り出す。

「その……半田について知りたくて」

「美月チャンかい?」

「ええ。半田のこと知らないなーって思って」

「本人に聞けばいいじゃない」

「それができたらここ来てません!!」

 なんでこの人はこう、空気で察してくれないのかな。超能力者じゃないから? 腹立つ。

「つーまーり、センシティブな話なんだね。いいよ。お茶淹れてあげる」

 わかってるなら最初からそうしろ。


 紅茶の香りが違う。

「なんか入れました?」

「あれれ? お兄さん信頼ない感じ?」

「地の底です」

「ひどいっ」

 とりあえずいい大人が「お兄さん」「お兄さん」一人称に使うのはどうなんだろう。まあ、健一朗さんのことは全く信用していないわけではないが、紅茶に薬盛られた前例があるからな。

 五十嵐がショボくれるわ、知実さんが泣くわで大変だった。毒じゃなかったからよかったものの。

「まァ、警戒心は大事だネ」

「で、地の底からの主張を聞きましょうか」

「フレーバーティーです」

「カモミールとはお洒落ですね」

「わかってるならなんで聞いたの」

 それは信頼が地の底超えてマントルで燃えているからだろう。

 冗談はこれくらいにして。

「精神安定ですか。そんな気遣いしておべっか売ったって胡散臭い組織には入りませんよ」

「胡散臭いとはひどいなぁ」

「あ、失礼しました。胡散臭いのは組織じゃなくて健一朗さんでしたね」

「なんか今日ボクへの当たりひどくない?」

「いつもこんなものだろう」

「「うおっ!?」」

 すっと自然に入ってきた合いの手に俺と健一朗さんが二人してびびる。

 そこにいるのが至極当然であるかのように俺の隣に鎮座していたのは五十嵐だった。ポニーテールに結われた髪の一本も揺らさない文句なしの姿勢の正しさ。その佇まいは良家のお嬢様に見えなくもない。

 いやいや、今更五十嵐の端麗さ解説しても仕方ないだろう。そんなことより、

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「兵士が王の護衛をするのは当然だろ」

 出た、五十嵐節。最近はこれがないと「いつも通り」に感じられなくなってきているから、俺も相当こいつに毒されてきているのだろう。薬盛られるより質が悪い。

 ……まあ、五十嵐が隣にいることに安心している自分がいるのも否定しないが。

「おっ、咲原クン、満更でもなさそうだネ」

「この笑顔、殴りたい」

「殺意が声に出てるよ!?」

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