第42話「超能力者が皆、向き合わなければならないことだよ」

 健一朗さんは、向かいの席に座ると、優雅に紅茶を啜った。俺と五十嵐はそこから語られる半田の話が気になって仕方なくて、紅茶どころではなかった。

 やがて、健一朗さんが、ぽつぽつと話し始める。

「ボクが美月チャンに初めて会ったとき、彼女はかなり錯乱していてね。咲原クンは知ってると思うけど、感情が乱れると能力の制御が利かなくなるんだよね。覚えはないかい?」

 その質問に、俺はぎくりと固まった。思い出したのだ。俺が初めて能力を発現させたあの日を。

 まだ小学生で、親の愚痴ばかり聞いて育って、ひねくれてしまった俺は、感情の制御ができず、親への怒りと苛立ちのままに、「二度と顔を見せるな」と叫んだ。

 あのとき、俺に[傀儡王パペットマスター]なんて力があるとは思ってもいなくて、でも、時既に遅しで。[傀儡王パペットマスター]の影響で、俺が会いたくても、親は本能で俺から逃げるようになってしまった。

 心の声まで聞こえて、我慢が堰を切ってしまったあのときは能力の制御なんか利くはずもなかった。何より、俺は幼かったから。

 まあ、俺の話はいいとして、健一朗さんの口振りから考えるに、半田も感情による能力の暴走で苦労した口なのだろう。

「あのねェ、咲原クン、美月チャンの能力はキミの思っている以上に残酷な結果をもたらしたんだ。それこそ、齢十にも満たない女の子が背負うには重すぎる業がね」

「業、ですか?」

 死ねば能力が消えるなら。それは半田の言葉だ。冷静に思い返してみれば、この台詞はかなり重い。

 死ねば能力が消えるなら、ということは、半田は[死んでも能力は消えない]ことを知っている。つまりは誰かの死に立ち合っていると受け取れる。

 では、誰が死んだのか?

 重々しい空気の中、健一朗さんの声のトーンも少し下がった。

「彼女は元々、超能力研究施設で被験者をしていた。身寄りがなく、特能所持者。まァ、特能っていうのは[WHAT]独自の呼び方だから、超能力に統一しようか」

 吸ってはいないが、煙草の煙を吐き出すような呼気の後、淡々と続けた。

「その超能力研究施設はね、あまり健全な施設ではなかったんだ。超能力の負の部分……普通なら[どのように活用すれば便利か]とかを研究するだろう? でもね、あそこは[超能力のデメリット]について追究し続けたマッドサイエンスそのものな組織だったのさ」

「デメリット……?」

 五十嵐は能力持ちではないため、ぴんとこないだろうから、俺が補足する。

「超能力の基礎は能力そのものの特性の前に、能力発動のために必要不可欠な能力があるんだ。それが能力使用の対象となるものと波長を合わせる[同調能力]、もう一つが、能力の効き目を左右する[強制力フォーシング]だ。

 特に[同調]は厄介で、波長を合わせるほど、対象の感情や気持ち、思っていることを読み取れてしまう。まあ、人間以外のものに対してはどうなのかわからないけど……能力者の中には友達ができなくて無機物や動物に同調して心の調和を取ろうとする[同調依存]っていう病気もある。それだけでも超能力者であるだけで充分なデメリットになるだろ?」

「……怖い話だな」

 五十嵐は普段の中二病発言さえなければ、まともだ。というか、中二病を発揮すべきところとそうでないところを弁えていて、だからこそ、能力者ではないけれど、傍にいても大丈夫に思えるのだろう。

 健一朗さんは苦笑いしながら付け足す。

「[強制力フォーシング]についても、[強制力フォーシング]を無理に強めようとすると、精神が耐えられなくなって、人格崩壊する、という説がまことしやかに囁かれているよ。いやはや、恐ろしい話だね」

 肩を竦めると、健一朗さんは話を進めた。

「ま、美月チャンはそういう[デメリットの発見]のための実験を繰り返す怖ーい組織にいたわけさ。彼女の不幸は身寄りがないと言ったけれど、五歳くらい年上だったお兄サンもまた能力者だった、ということだね。二人して実験台の日々を続けられた。陽太クン、といったカナ、お兄サンは」

「あいつに兄弟がいたのか……いた?」

 鋭い五十嵐はすかさずそのわざとらしい発言にツッコんだ。

「あァ、死んだんだよ。陽太クンは」

 過去形が示す結論を明日の予定でも話すかのように軽く言った。健一朗さんのこういうところが俺は苦手だ。

 半田がいた組織のことをマッドサイエンティズムのように語っていたが、あまりにも他人事すぎる発言の仕方から、心がないようにさえ思えてしまう。それは思い込みなのだろうけど。

「その死は、悲惨なものだった。美月チャンも陽太クンも、想像もしなかっただろう。

 妹の力に殺されるなど。

 自分が兄を殺すなど」

 しっかりと耳に残る語り方で健一朗さんが放った短い説明は、それだけで半田が抱えている全てを明らかにしたようなものだった。

「驚いている場合じゃないよ。明日は我が身かもしれないことを、二人共、頭に叩き込んでおいた方がいい」

「どういうことだ?」

 能力を持たない五十嵐には、必要のない覚悟だ。けれど、五十嵐が真に能力を追い求めた場合、能力を獲得する可能性もなくはない。後天的原因の能力開花はよくあることなのだ。

 とはいえ、現段階で、その言葉の大半は俺に向けられているのだろう。

 何故なら、俺は知っているから。

「超能力を持つ以上、どんな形であれ、[人を殺す]可能性はある。超能力者が皆、向き合わなければならないことだよ」

 例えば、[傀儡王パペットマスター]の力で「死ね」やそれに準ずる行動の指示をした場合、対象は命を落とすことになる。

 半田の[偽りの恒温動物サーモグラフィ]も使いようによっては人を殺せるだろう。相手の体温を操作できるのだから。

 となると、何がどうなって、半田の兄が死んだのかも予想がついてくる。

 では、半田の兄が持っていた能力──想像するに、半田の中に今も根づいているものの正体は何なのだろうか。

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