第43話「相性の良さは厄介だよ」

 果たして、半田の兄、陽太が持っていた能力とは。……とは言うものの、見当はついている。

「[刻印者メモライザー]ですか」

「ああ、よくわかったね」

「うちに歩く超能力事典がいるもんで」

 俺の発言に健一朗さんは訝しげにしていたが、まずは五十嵐にわかるように概要を説明しなければならない。

 といっても、五十嵐は頭がいいからすぐわかるだろうけど。

「メモライザー……[記録する者]か?」

「いいや、[刻みつける者]だよ。記録は手記とか記憶とか、そんな感じだろ? でも、超能力の[刻印者メモライザー]は記録だけじゃない。様々なものに様々なものを刻みつけることができるんだ」

 少し五十嵐が思案する。

「……つまりはこういうこともできると?」

 五十嵐は健一朗さんのものであろうその辺にあった筆入れから鉛筆とカッターを取り出し、鉛筆にがりがりと傷を刻みつけた。

 まあ、[刻印者メモライザー]の概要はそんなものだ。相変わらず五十嵐は飲み込みが早く、頭が回る。

 俺が感心する向かい側、健一朗さんはひきつった笑みで五十嵐を見る。

「あのさ~、勝手に人のもの弄らないでくれないカナ~?」

「いや、いい例えがなくてな」

「まず話を聞こうか」

 健一朗さんは笑みに威圧を乗せて五十嵐から筆入れを徴収した。

「ボクのだったからよかったけど、他の生徒や教師の忘れ物だったらどうするつもりだったの?」

「いや、この部屋には伏見氏のものしかなかろう」

「一応図書室だからね? 忘れ物保管もしていることをお忘れなく」

 大丈夫だ。忘れ物や落とし物のかごはカウンター脇にあり、該当生徒や教師が持っていくシステムになっている。

「だから正当化しないでおくれよ」

 あ、じと目で見られた。可愛くはない。

 話が逸れた。

「で、まあ、つまり[刻印者メモライザー]っていうのは、念じれば傷や言葉を刻みつけることができる。傷は精神的にも、肉体的にも。エキスパートになると、言葉も具現化して刻みつけることができるとか」

「そーそ。[不治の病にかかれ]とかね」

「物騒な能力だな」

 五十嵐の端的な感想に、健一朗さんが肩を竦める。

「超能力なんて物騒なものさ。要は使い手の考え方、使い方次第だよ。咲原クンが散々狙われているのを見ているならわかると思うケド、咲原クンの能力も使い方によっては人を殺すことができる能力だからね。でも咲原クンが死者を出していないのは、[死ね]と念じていないからなんだよ」

 ふむ、と五十嵐が唸る。完璧な理論だ。超能力の教科書でもあったら載っているだろう。

 そしてこれは俺の能力以外にも当てはまる。半田の[偽りの恒温動物サーモグラフィ]然り、以前追いかけてきた[五大精霊使いフィフスエレメントテイマー]然り。超能力者が皆、使い方を考えられれば、死人など出ないのだ。

 けれど、現実はそう甘くない。先日の[憑依霊ゴーストハッカー]の子どもなどがいい例だろう。悪い考えの人物に利用されてしまえば、おしまいなのだ。

 ──兄を殺してしまった、半田のように。

「美月チャンはね、目隠しをされて、触っているものの温度を極限まで高めろ、と指示されたらしい。耳も、研究員の指示だけが聞こえるようにされていた。そうして美月チャンが知らない状態で握らされたのが、陽太クンの手だったってわけ」

 風邪を引いたとき、具合が悪いとき、人は熱を出す。では半田の[偽りの恒温動物サーモグラフィ]で、強制的に熱のある状態にされたらどうなるか、という実験だったらしい。非人道的にも程がある。

 途中から、触っているものの温度がなくなっていくことを不審に思った半田が目隠しを取ると、目の前には物言わぬ兄の骸。幼い女の子には衝撃的すぎる展開だろう。自分で手を握って能力を展開していたのだから、[自分が殺した]という実感もあって、その絶望は計り知れない。

「ところが、それだけじゃあないんだな。美月チャンのトラウマの理由は」

「え」

「実験は美月チャンの[偽りの恒温動物サーモグラフィ]だけじゃなかったんだよ」

 ということは、陽太の[刻印者メモライザー]? それなら、「どうして、自分を殺したんだ」とか恨み言を半田の胸に刻みつけられるだろうが……兄妹仲が悪かったという前振りもなかったため、考えにくい。いや、いくら兄妹とはいえ、殺されたら恨むか。

 しかし、正解は違った。

「咲原クンは[発火物スターター]という能力は知っているかい?」

 健一朗さんから不意に放たれた問いかけに、俺は目を丸くしながら頷いた。

 [発火物スターター]というのはさして珍しい能力ではない。俺をよく追い回してくる[透明人間スケルトン]並に存在する能力だ。

「確か[発火物スターター]は名前の通り、何もないところから火を出したりできたり、火を大きくすることができる能力ですよね。表沙汰になってない不審火事件なんかは[発火物スターター]の能力者の仕業と疑われているとか」

「ん、まァ、大体それで合ってるヨ。でもネ、[発火物スターター]の真の恐ろしいところはその[火を大きくする]能力が、物理的のみじゃないところだよ」

「……何?」

 話の雲行きの怪しさに、五十嵐が低い声を出す。

「[発火物スターター]ということは、種火さえあれば、いくらでも火を増大させられる。つまり、咲原よ。例えば[恨み]や[憎しみ]の念が少しでもあれば、それを増大化できる」

「……そう考えると、恐ろしい能力だな」

「他人事ではないぞ。つまり、半田は[発火物スターター]によって増大させられた兄の恨みや憎しみを、[刻印者メモライザー]によって胸に刻みつけられ、一生消えないような傷にされたんだ」

「……!?」

 五十嵐の理解力の早さに驚くのは今更だが、驚いた。なるほど、そういうこともできるわけだ、と思う一方、そんなことが許されるのか、と怒りが沸いた。

 そんな俺の感情の動きを察知したのであろう健一朗さんが、首を横に振る。

「許される云々は研究には関係ないよ。例えば、動物実験に使われたモルモットの家族が殴り込みに来たところでボクたち人間は大した感情を抱かないだろう?」

 許しがたいことだが、半田のいた施設は超能力者をモルモット程度の認識しかしていなかったということだ。

 それで心を弄ばれた半田、命を弄ばれた半田の兄。それから……

「ん? じゃあ、半田と一緒に[発火物スターター]の能力者もいたってことですか?」

「そうなるね。事件を聞きつけ、駆けつけたときにはいなかったんだけど……聞いた話では、陽太クンとも美月チャンとも仲がよかったらしいネ」

「え……」

「ボクはね、美月チャンに刻みつけられているのは陽太クンの感情だけじゃないと思うんだよ」

 まさか。

「[刻印者メモライザー]と[発火物スターター]……相性の良さは厄介だよ」

 ……半田に刻みつけられたのは、一人分だけではない、心の傷だった。

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