第6話「慣れていけばいいさ」
攻撃が来る様子はない。五十嵐が戦っているのだろうか? ──手の怪我はまともに治療していないのに。
逃げてしまえばいいのに。関係ないんだから、殺されることはないはずだ。俺に関わらなければ、死ぬことはないし、傷つくこともない。なんで、会ったばかりの俺なんかを守るために、わざわざ危険に飛び込んでいくんだ?
「大丈夫だ、私が守る」
「crown takerを守るのが私の使命だ」
なんでだよ? たかが中二病の設定で。命を危険に晒す必要なんてないじゃないか。
「頼んだぞ!」
なんであんなに無条件で人を信頼できるんだ。
「うむ、かたじけない」
なんで──
……………………
そういえば、人に感謝されたのなんて、いつ以来だろうな。しかも、能力を使ったことになんて、知実さん以外じゃ、初めてだったんじゃないか?
それだけ。
たったそれだけだ。
俺を一歩、進ませたのは。
「[
俺が声を上げると、いくつもの気配が俺の側に現れた。
「十秒でいい。ここにいてくれ」
空気が微かに揺らめいた。精霊たちが頷いたのだ。
俺はほっと一息吐くと、五十嵐が向かった方を見やる。
約束どおり、十秒だ。……無事でいてくれよ。
精霊たちが寄り添ってくるのを感じる。目には見えない存在だけれど、それぞれの温かさが伝わってきた。
「ダイジョウブダヨ、ユイト」
どの精霊だろうか? わからないが、何かが俺にそう語りかけてきたすぐあと。
「咲原ーっ」
五十嵐の声が聞こえた。
「[
「五十嵐……」
五十嵐は犯人らしき人物を背負って歩いてきた。
「ホラネ」
精霊はそう囁いて消えた。
「てりやきバーガーをセットで一つ。ドリンクは紅茶で」
「てりやきは邪道ですっ!! 月見バーガーのセットを一つ! ポテトはLで、ドリンクはコーラを!」
「なっ、この時期に月見の方が遥かに邪道だ!! 春だぞ? 春! 月見は秋だろ。お前の頭の季節感はどうなっているんだ。
その上払いはこちら持ちだというのにポテトLだと? 少しは遠慮しろ、小娘がっ」
「なんですっ、その小娘と同い年のくせに!」
「フ、甘いな。私は四月二日生まれだから既に十六になっているのだよ! 貴様は三月、早生まれだそうだな?」
「くっ……ひ、一つしか違わないじゃない!!」
ファーストフード店の注文レジの前。不毛な戦いが繰り広げられる中、店員は傍観していた俺に遠慮気味に訊ねてきた。
「お客様は何になさいますか?」
「ええと、ハンバーガー単品……パテ抜きで」
「「お前が一番邪道だ!!」」
──さて。
俺は今、ハンバーガーショップにいる。五十嵐ともう一人、半田も一緒だ。
朝に殺し屋という名のストーカーに追われていたこともあり、俺と五十嵐は学校に行きそびれた上に、捕らえた犯人の処遇に頭を悩ませて、こそこそとしていた。
そこに現れたのが早退してきた半田だ。半田は状況を話すと、例の[WHAT]の仲間を呼び、[
「こら、咲原! 男のくせに肉を食わんとはどういうことだ! それだから華奢に見られで舐められるのだ。肉を食え、肉を!」
「そうですよ! パテ抜いちゃったらハンバーガーの意味なくなっちゃうじゃないですか。あ、それとも牛肉とか豚肉のアレルギーでもあるんですか? じゃあ、チキンナゲットを三十ピース!」
「おい、半田」
「おお、アレルギーか。ならば仕方ないな。ソースはどれがいい?」
「おいおいおい」
肉のアレルギーならハンバーガーショップになんか来るかよ。ってか、鶏ダメの可能性は考えないのか。
「あの」
不毛に拍車がかかった言い合いを見て呆然としていた店員が俺を見た。──この人が一番の被害者だ。なんだかいたたまれない気持ちではい、と応じる。
「チキンナゲット三十ピース、ソースは何にいたしますか?」
「あー……サワークリームで」
「サワークリームですね」
「あと、ハンバーガーは本当にパテ抜きで」
「かしこまりました。他に注文はございますでしょうか?」
俺の選んだソースについても後方で物議が醸されているようだが無視し、固い声で加えた。
「あとは……………………スマイルを、一つ」
帰り道。
「いやぁ、咲原。助かったよ」
半田とは店で別れ、五十嵐と二人で帰っている途中。不意に五十嵐が口にした言葉に俺は疑問符を浮かべる。
「なんのことだ?」
「朝のことだよ」
ますますわからない。助けられたのはむしろ俺なのに。
そんな俺の思いを汲み取ってか、五十嵐が続けた。
「きっちり精霊を押さえてくれたろう? おかげでやつを捕まえるのが楽だった」
「あ、いや、あれは──」
自分でも、どうしてちゃんとやったのか、いまいちわかっていない。
ただ、あまりに五十嵐が俺を信じてくれるから──
「信じてくれて、ありがとう」
「えっ」
感謝の言葉を放ったのは、五十嵐の方だった。
「何を赤くなっているのだ?」
「ほ、ほっといてよ……」
こそばゆいんだ。なんとなく。今まで人とあまり接してこなかった俺にとって、それは慣れない言葉なんだ。
「慣れていけばいいさ」
察したらしい五十嵐が言った。
「慣れていけばいい、これから。何があろうとお前は私を守り抜く。命にかけて誓ってもいいぞ?」
「……命って……」
「本当さ。今すぐ信じろとは言わない。ただ、慣れていってほしい、信じることに。そして困ったときは頼ってくれ。私も、今日のようにお前を頼るだろうからな」
五十嵐はどこまでも真っ直ぐな瞳でそう言い、微笑んだ。
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