第13話「五十嵐さんはみんなの五十嵐さんよ!」
五十嵐舞華は黒輝山学園主席合格の秀才だ。絵に描いたような万能人間で、頭がいいだけでなく、どんなスポーツも人並み以上にできる。中二病という一点を除けば、何一つ人格的にも問題はない。というか中二でも内包している人間的魅力の方が勝っているように感じる人も多いらしく、男女問わず人気だ。
俺はただの一般人で、第三者から見たらただの中二病だ。極度の対人恐怖症で若干のコミュ障もあるため、必要最低限の会話すら成り立たないこともある。
何故こんな俺と五十嵐がつるんでいるのか。俺にもよくわからないことが、第三者たちにだってわからないのは当然だ。そしてそれは少なからず不満となって心を澱ませていた。
「結局、何種目に出ることにしたんだ?」
「うむ、参加人数の少ないところはあらかたな。ベストメンバー、ハードル走、女子レスリング、イベント柔道、二百メートル走、走り幅跳び、走り高跳び、二人三脚で八つか」
「前聞いたのより増えてないか? そんなに兼任して大丈夫かよ?」
「問題なかろう。実際練習しなくてはならないのは幅跳びと高跳びくらいだ。二人三脚の時間は充分に取れるだろう」
放課後、教室での会話。
五十嵐の万能ぶりにはもはや溜め息しか出ないが、俺を気遣っての発言だろう。ありがたい。
「そっか、ありg」
「咲原くん」
素直に感謝を口にしようとしたところで知らない声に名を呼ばれる。びくん、と過剰反応してしまった。振り向くと、女子生徒が二、三人立っていた。
「ちょっといいかしら?」
「え、あ、う、ん」
かくかくと頷く。
女の子の一人が話し始めた。
「私たち、五十嵐さんと女子レスリングに出るの。で、ほとんど初心者なのよ」
「はい」
「レスリングのレの字だって知らない出場者だっているわけ。この意味、わかるかしら?」
「……え、と……」
その女子生徒は俺のぎくしゃくとした様子に苛立ったように声を荒げた。
「あーもー面倒臭い! つまりね、五十嵐さんはあんただけの五十嵐さんじゃないの。五十嵐さん自身は練習の必要がなくても、五十嵐さんに手解きをしてもらいたい出場者はごまんといるのよ! 五十嵐さんはみんなの五十嵐さんよ!」
一息で言い切って、その人は長い溜め息を吐いた。
俺は呆然としていた。いきなりやってきて、いきなりそんなことを言われても、俺は何て返したらいいかわからない。頭は真っ白だった。
「何故それを咲原に言う?」
言い返したのは五十嵐だった。
「だって、五十嵐さんは咲原くん以外の人のことを全然考えていないんだもの!」
「それは確かだ。しかしそれはお前が咲原を責める理由にはならない。むしろ私の非だ。私に言えばいいだろう!?」
「あ……」
五十嵐に正論を返され、その子は言葉を失った。
「私も他の者たちのことを考えなかったのは悪かった、謝ろう。手解きでも何でもするから許してほしい」
五十嵐は深く頭を下げた。その様子に少女は慌てふためく。
「そんな、顔を上げてください!!」
「うむ。さて、練習はどのような予定で行うのだ? これからすぐでも構わないが」
「本当ですか!?」
女子三人がきゃっきゃっと集って五十嵐に話し始める。自然と俺は輪の外に取り残された。
「と、咲原、悪いが図書室で待っていてくれ。あ、門限は大丈夫か?」
「ああ。知実さんには今日は遅くなるって言ってあるから」
「すまないな。なるべく早く行くから!」
遠ざかっていく五十嵐の背中には、とても手が届きそうになかった。
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