第28話「やっぱりお前は」

「……大丈夫、私が守ってみせるから、か」

 俺は夜、布団の中で五十嵐から言われた言葉を反芻する。

 五十嵐はただの中二病だ。佐竹からの情報によると、文字通り、中学二年生からそのちょっとイタイ病気を発症しているらしい。二年もの年季が入っているので、言われると結構本気まじに聞こえる。本人としては本気まじなのだろうが。

 五十嵐はただの中二病で、運動神経が抜群にいいし、勘も冴え渡っているが、ただの一般人、無能力者だ。それが超能力者から、俺を守ってみせるなんて、絵空事にしかなり得ない。

 けれど、五十嵐のあの言葉は、しっかりと俺の胸の中に刻み込まれ、俺に深い安心を与えたのは間違いない。だから俺は、ああ言われたときに心の中の何かがふっつり切れて、大泣きしたんだと思う。

 五十嵐は無能力者なりに何か熱いものを抱えているのかもしれない。……いつか佐竹が揶揄したが、俺は五十嵐に惹かれているのかもしれない。けれど、それは恋とかじゃなくて、五十嵐が突然発揮する母性のようなものに感動しているだけなのだと思う。俺の母親は母性の欠片もなかったから、無意識に求めているのかもしれない。知実さんが母性を発揮することもあるけれど、それも稀だ。とすると、俺は母性不足なのかもしれない。

 今日の自分を省みると、情けなさが炸裂していて、土にでも埋まりたいような気分だったが、抱きしめてくれた五十嵐の腕の温もりが忘れられなくて。

 そこにはもうないけど、忘れないように、強く肩を抱きしめて寝た。


 翌朝。

「しかし、[殺刃鬼ジエッジオブクロウ] とはまた大きいものが来たようだな。[憑依霊ゴーストハッカー]だけでも充分だというのに」

「へっ? [憑依霊ゴーストハッカー]まで来てるの?」

 知実さんはトーストをかじりながら、そうだ、と頷いた。

 [憑依霊ゴーストハッカー]といえば、[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]の次くらいに警戒されている殺し屋ではなかっただろうか。

 [憑依霊ゴーストハッカー]の手口はある意味[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]よりも厄介だ。[憑依霊ゴーストハッカー]とはその名の通り、他者に憑依し、自殺に見せかけて殺す。その手口が巧妙故に、他殺と発覚するのが遅れることで有名だ。また、自分の手を直接汚すわけではないため、[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]同様、現場に証拠が残らないようにするため、その人物がどういう容姿をしているかも不明で、恐れられている。

 そんな恐ろしい殺し屋がこの街に来ているというのか。

「……こっわ」

 俺はそれとなく、今朝の新聞に目を落とした。すると、速報があった。

 見出しは「原因不明の変死体発見!?」だ。

『今朝未明、三人の男の変死体が発見された。亡くなったのは……』

 亡くなった人物の顔写真にひゅ、と息を飲む。見たことのある顔だ。というか、昨日見たばかり。

 昨日俺を殺そうとした三人の男だ。……おかしい。

「超能力絡みなら、こういう一般紙に載るのはおかしい……」

「なんだ? 気になる記事でもあったか?」

 マグカップ片手にこちらに寄ってくる知実さんが新聞を覗く。俺は新聞の件の記事を示した。

「こいつら、昨日俺を襲ってきたやつ」

「何?」

 言ってから気づいた。昨日の話を知実さんにしていない。

 今朝未明と書いてあるから、新聞社も大わらわで作成したのだろう。記事は小さい。

 昨日はかなりひどい表情で帰ってきたらしいし、話す気力もなかった。仕方ないので今説明する。

「昨日、俺は[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]がこの街にいると知った状態で怯えながら下校していたんだ。その最中、超能力者の集団に襲われて、逃げきれないかもしれないってとこで、五十嵐に助けてもらった」

「ああ、なるほどな。確かに[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]の名は精神に効くだろうな……しかし、だとすると、おかしいな。超能力者関係の話題は裏社会のものだ。こういう表の話題になるのはおかしい。……明らかに口封じだと思うのだが」

 そう、任務を失敗したやつらを殺す理由なんて、それしかない。

 そこでふと気づいた。

「三人? 昨日いたのは、確か四人……」

 一人逃げていった気がする。

 そこで何かに気づきかけたところで、ピンポン、と間抜けな呼び鈴が鳴る。五十嵐か半田だろう。

 と思って出たら、予想だにしない人物が立っていた。

「よぉ、中二病」

「俺は中二病じゃない。どういう風の吹き回しだ? 佐竹」

 そう、玄関先には決まり悪そうに佐竹が立っていた。

 佐竹はへらりと笑う。

「今更何言ってんだ。俺とお前の仲だろう? 一緒に学校行こうぜ」

 まあ、佐竹はいつも俺をつけているので、今更だが。どうも何か引っ掛かる。

 でもまあ、登校にはちょうどいい時間だ。俺は鞄を引っ掛けて外に出る。「いってきます」というと、「いってらっしゃい」と知実さんのどこか眠そうな声が返ってきた。

 俺は佐竹を振り向く。同行者はいないようだ。

「んで、どうした? 今までこんなことなかったじゃん」

 そう、小学校からの腐れ縁だが、佐竹と一緒に登校するなんてこと、今までなかった。これまで、友達認識していなかったから尚更だ。腐れ縁で、よく話すことはあったが。

 すると、佐竹は気まずそうに笑んだ。

「実は……五十嵐に頼まれてな……」

 五十嵐に? と首を傾げる。佐竹と五十嵐の接点が思いつかない。クラスは同じだが、友達という印象ははっきり言ってない。

 それに、佐竹が言い淀んでいるのも気になる。佐竹は溌剌とまではいかないまでも、よく喋るのは覚えている。

 佐竹をそのまま見続けていると、佐竹は苦笑いして、告げた。

「五十嵐、警察の事情聴取受けてんだよ。今朝の新聞、読んだか?」

 思い当たるのは、昨日五十嵐が蹴倒した三人が殺されたという記事。いや、殺されたとは書いていなかったが、変死体だ。捜査当局は殺人と見て捜査しているにちがいない。

 もしかして、昨日のあれが最後の目撃証言だった? 五十嵐が疑われている? 五十嵐はやつらを撃退しただけだ。殺したなんて、そんな馬鹿な。

「馬鹿なとは思うだろうが……実はその証言したの、俺なんだよな。お前が如何にもな連中に絡まれてるの見て、五十嵐が乱入してきて、それを伝えたら、どうもそれが最後の目撃情報だったらしくてよ。参ったもんだよな。警察になんか関わりたくなかったよ」

 馬鹿な。

「五十嵐は犯人なんかじゃねぇよ! 昨日のだって、俺を助けるための正当防衛だし」

 佐竹に肩を叩かれる。つい興奮してしまった、と思って佐竹を見ると、佐竹は静かで穏やかな瞳をしていた。……こんな表情の佐竹は見たことがない。

「……やっぱりお前は、五十嵐のこと、好きなんだな」

「はあっ!? なんでそうなるんだよ」

 やっぱりいつもの佐竹だ、と思って見ていたら、首筋に冷たいものが当たる。

「へ? 佐竹……?」

「そこから一ミリでも動いたら、どうなるか、わかってるよな?」

 目を疑った。

 佐竹が俺の首筋にカッターナイフを当てていた。なんとなく歩いていたが、辺りに人気はない。

「さた、け……」

「心配するこたねぇよ」

 佐竹は佐竹らしからぬ妖艶な笑みを浮かべて告げた。

「すぐに何も思えないようにしてやるから」


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