第27話「大丈夫、私が守ってみせるから」

 廊下を歩く。ひどく長い廊下に見えた。いつもはそうも感じないのに。

 後ろから人がついてくる。五十嵐だ。警戒する必要はないが、どうしても警戒してしまう。

 だからこういう話は嫌なのだ。危険なのが俺だけなら、どんなに気が楽なことか。ただ、一緒に暮らしている知実さんまで危険、と言われたら、平静でいられるわけがない。

 ……俺は怖いのだ。また家族を失うのを。誰も俺のせいとは言わないかもしれない。だけど俺は俺のせいだと思わずにはいられないのだ。

「大丈夫か? 咲原」

「大丈夫だ」

 そんなわけはない。

 だが、平常心を保っていなければならなかった。いつどこから暗殺者が襲ってくるかわからないのだ。しかもあの[殺刃鬼ジエッジオブクロウ]が来るかもしれないのだ。……生き延びることに必死にだって、なる。

 ずいずいと心配そうな五十嵐を無視して歩く。歩くのをやめてしまったら、泣いてしまいそうだ。それくらい、怖くて怖くて仕方がなかった。

 ……そうだ、五十嵐こいつだって、俺と関係しているばかりに、暗殺者につけ狙われ、殺されるようなことがあるかもしれない。もしかしたら、倉伊も。

 それなら、ある程度距離を置かなければならない。近づかせてはいけない。

 俺は五十嵐を振り払うように、昇降口からスニーカーをつっかけて逃げた。早く家に逃げ込んでしまいたかった。五十嵐は関係ないんだから、誰も手出ししないでくれ、と。そればかり祈って。

 焦って、カロンが警告音を鳴らしているのにも気づかなかった。

 走っているうちに、俺は誰かにぶつかり、反射的に「ごめんなさい」と言った。

 ぶつかったのはサラリーマン風のスーツに身を包んだ男性だった。いらぬコミュ障を発揮し、あたふたとする。

「大丈夫ですよ」

 その男性は快く俺を許してくれた。

 と、思ったら。

「君が死んでくれればチャラなので」

 俺は目を見開く。そして今頃、カロンが肩でずっとバイブレーションしているのに気づいた。カロンの警告音アラート! どうして今まで気づかなかったんだ。いつの間にか四方を取り囲まれている。

 がたいのいい男が右から。

「ボス、そりゃ駄目ですぜ」

 眼鏡のひょろひょろ男が左から。

「目的は[傀儡王パペットマスター]の捕獲ですから」

 後ろは見えないが、無口な女のようだった。甘い香水の匂いがする。男かもしれないが。

 焦っていたとはいえ、ある程度同調能力に精通した俺に気づかれずに囲むということは、四人共手練れか、誰か一人だけが能力者か。[傀儡王パペットマスター]の能力の特徴を知っているから、四方を囲むことにしたのだろう。[傀儡王パペットマスター]は名前を知っていた方がいいが、一応、名前を知らなくても、目さえ合わせれば発動できる。だが、後ろに目はついていない。その弱点を衝いての陣形だ。

 しまった、やられる、と思った。どの方向に逃げるにも、四人が四人共近すぎる。俺は、なんて迂闊だったんだ、と思うくらいしかできない。

 サラリーマン風の男が袖を軽くまくりながらうっそりと笑む。

「まあ、私の[強奪スティール]があれば、用なしですけどね」

 つまり、この男は能力者だ。[強奪スティール]という能力は聞いたことがある。他人の能力を奪い、操るというもの。発動条件は能力者に触れること。

「まさか、[傀儡王パペットマスター]の方からぶつかってきてくれるとは思いませんでしたが」

 じり、と俺は後退る。[強奪スティール]の能力は触れて[強奪スティール]と念じないと発動できないはずだ。この男に触れられなければいい話なのだが、仲間らしい連中に囲まれている。逃げるのは難しい。

 ここは、[傀儡王パペットマスター]を発動させるべきか。

 そう思ったが、ひょろひょろ男に捕まえられると……同調能力も強制力フォーシングも発動しなくなった。

「能力無効化能力か……!」

「ご名答」

 ひょろひょろ男の淡々とした口調に軽く舌打ちをする。ひょろひょろ男の腕からは抜けられそうだが、その反対側からはいかにも豪腕そうな男に捕らえられている。

 万事休すか、と思ったそのとき。

「らぁっ!」

 威勢のいい掛け声と共に闖入者が現れる。人間の跳躍力とは思えない高さで俺の頭の上を飛び越え、サラリーマン男を蹴倒す。その頭をえげつなく踏みつけ、豪腕の男の二の腕に踵落としを見舞う。

 ピンポイントで痛いところだったのか、がちむち男は呻いて手を放し、俺はまたとないチャンスを見逃すことなく、ひょろ男を振りほどいた。

「無事か?」

 降り立ったのは五十嵐だった。後ろにいたと思ったやつは逃げたのか、五十嵐が始末したのか、もういない。五十嵐が俺を庇うように前に立つ中、よろめきながら、三人の男が立ち上がる。

 三人並んだのは愚策。俺の[傀儡王パペットマスター]のいい的だ。

 俺は躊躇いなく叫んだ。

「散れっ!」

 叫ぶと、能力はきちんと発動し、三人の男は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 俺は崩れ落ちる。それを五十嵐が抱きしめるように支えてくれた。

「ご、ごめん、五十嵐、迷惑かけて……」

「迷惑ではない。私の使命だ」

 でも、と顔を上げると、真っ直ぐな眼差しに出会った。

 五十嵐は真っ直ぐ宣言した。

「大丈夫、私が守ってみせるから」

 抱きしめられて、俺は頬を涙を伝うのを感じた。


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