第26話「巷で話題の」
高校生生活を恙無く謳歌して放課を迎えた俺だが、昼休みに来客があったため、図書室に向かっている。五十嵐は言うまでもなく、ついてきている。倉伊は用があるから、と先に帰ってしまった。
図書室というと、真っ先に思い浮かぶのが自称「図書室のお兄さん」健一朗さんだ。呼び出したのは半田だし、もしかしたらまた[WHAT]とやらへの勧誘だろうか。勘弁してほしい。
「嫌なら断ればよかろうに」
「それができていたら今廊下を歩いてないし、お前はついてきてないと思うぞ」
「なるほど」
納得されても困る。自分の情けなさが悲しい。
俺が押しに弱いことは今に始まったことではない。特に高校生になってから押し負ける確率がぐんと伸びたような気がするが、そんな悲しいことは気にしないことにする。悲しいのは夕陽が沈むときくらいでいいだろう。
「やあ、元気そうだね」
図書室に入るなり、爽やかスマイルで挨拶してくる健一朗さん。俺なりに混ぜっ返す。
「相変わらず、胡散臭そうですね」
「うん、さりげなくひどいね、咲原クン」
「事実じゃないか」
「五十嵐、仲間だ」
固く握手を交わす俺と五十嵐。
「そこ、共同戦線を結ばない」
苦笑する健一朗さん。まあ、お茶でも飲もう、と司書室に案内してくれる。図書委員でもないのにカウンターの向こう側に入るというのはなかなか罪悪感のある行動なのだが、何回か入っているのでもう慣れた。それに呼び出したのは健一朗さんと半田だ。
ええと、特能者保護組織だかなんだかの[WHAT]に所属する二人だ。呼び出されたのは、超能力関係であることにちがいない。
紅茶を淹れると、健一朗さんが俺の向かいに座る。ちなみに五十嵐は隣だ。半田は呼び出しのおつかいだけだったようで、今はいない。
昼休みに聞いたところ、重要な話だということだが……
「で、何です? 話って」
「最近巷で話題の殺人事件の話さ」
「随分物騒な巷の話題ですね」
ニュースは見たり見なかったりで、家では新聞も取っていないので、巷で話題の話なんてそんなに知らないが、殺人事件くらいなら耳に入っていてもいいような気がする。通り魔とかだったら怖いし。
ところが、健一朗さんはこう語った。
「まあ、表沙汰にはなっていないけどね」
「それ巷で話題って言います?」
「僕らの世界じゃ話題さ」
というと、超能力者絡みだろうか。
俺が毎日暗殺者なんかに狙われているように、超能力者には危険がつきまとう。特に、俺の[
要するに、超能力者というのはどちらかというと、裏社会に属する人間が多いのだ。
とはいえ、俺はこれでも一応立派に表社会の高校生として生活しているのだが。
胡乱な目を向けると、健一朗さんは続けた。
「超能力者殺し、というのが最近流行っている。文字通り、超能力者が殺される、という事案だ。超能力者ばかりを狙った犯行だから、犯人は一般人というよりは超能力者と考えた方が妥当だろう。咲原クンは充分に理解していると思うけど、超能力者が相手だと、譬、自分が超能力者であっても危険なことに変わりはない。だから気をつけてほしいと思ってね」
「俺が超能力者に追われるのは昨日今日始まった話じゃないですよ」
俺が軽く流そうとすると、健一朗さんは真面目な表情のまま言った。
「[
俺は息を飲んだ。知実さんから超能力者の中でも危険とされる能力のリストは見せてもらっていた。[
しかもただあっただけではない。[
「……確か、[
「その通り。彼は雇われの暗殺者らしく、元の雇用主でも、別の雇用主から命じられれば、躊躇いなく殺すらしいね。烏の羽根と、刺殺痕から[
超能力者の中でも特に要注意人物だと知実さんから教わった。依頼があればどんな人物でも殺す、冷酷無慈悲な殺人鬼。それが[
「暗殺者として名を上げているなら、同調能力も高いかもしれませんしね」
「それに、能力が不明なところも不気味だね。烏の羽根に何か関係があるのかないのかもわからないし」
[
どちらとも取れるので、その業界の研究者や超能力者専門の犯罪取締機関などはかなり困っていると聞いたことがある。わかっているのは超能力者であるだろうということだけ。彼の暗殺成功率は驚異の百パーセント。しかも見てくれがわかっていないということは見られていないか認識されていないか、もしくは両方ということになる。彼が殺した人数は数えきれないほどだ。それを全部「見られなかった」と判断するのは難しい。「認識されていなかった」と考えるのが妥当だろう。そうなると、同調能力で空気に溶け込める超能力者と考えるのが妥当──というところまでしか推測が立てられないのだ。
これが[
「それが最近この近くで犯行を頻発し始めたんだ」
それは危険である。
「万が一咲原クンが襲われたら大変だからね。これは伝えておくに越したことはないと思ったのだよ」
「……咲原?」
黙って聞いていた五十嵐が俺の表情を窺う。さぞやひどい表情をしているにちがいない。
俺の手は目に見えてガタガタと震えていたし、顔から血の気が引くのも感じられた。
[
知実さんはあまり外出をしない。家のセキュリティは万全だ。だが、もし[
「……ありがとうございました。今日はさっさと帰って寝ます」
「ああ。大丈夫かい?」
「大丈夫です」
そう言って、無理矢理足を動かし、立ち去った。
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