第34話「これも仕事でね」

「さ、帰るか」

 放課後。特に部活にも入っていない俺はさっさと帰ることにした。帰る時間が遅くなって、物騒な暗殺者に狙われても仕方がない。こういうときは一番身の安全が確保できる場所に避難するのがいい。

「そうだな」

 五十嵐が当然のようについてくる。

 倉伊がこてんと首を傾げた。

「二人は部活とかやってないんですか?」

「ああ、私は咲原の警護があるし、母上が働きに出ているから、家のことをやらないと。弟だっているし」

 さらりと警護とか言うな。

 佐竹がひょっこり出てくる。

「へー、五十嵐って弟いたんだ。初耳だな。で、咲原が部活ぅ?」

 佐竹がぷぷ、と笑う。いい気はしない。

「コミュ障で中二の咲原が部活なんてするわけないだろ」

「俺は中二じゃない」

 失礼な。コミュ障は否定しないが。

「なんか、寂しいですね」

「そうかな。黒輝山は仮にも進学校だぞ? 部活より勉強派の生徒が多いんじゃないか」

「仮にもじゃない、れっきとした進学校だよ。まあ、部活は強制じゃないらしいけどな」

 さすが佐竹。行事実行委員会。学校のことをよく把握している。

「そういや、佐竹は部活は?」

「行事実行委員会の忙しさを甘く見るなよ?」

 別に甘く見てはいないが、佐竹の言わんとするところはわかった。佐竹の所属する行事実行委員会というのは、学校の行事という行事を全て陣頭で取り仕切る委員会だ。運動会のようなメジャー選手だけでなく、一年生の歓迎会、生徒会総会のセッティングなど、行事の裏方は全て行事実行委員会が執り行っていると聞いた。佐竹はそう要領が悪い方ではないから、そつなくこなしているように見えるが、忙しいことに変わりはないだろう。部活をしている暇がないのも頷ける。

「そっか、委員会もあるのか……」

 うーん、と悩む倉伊の肩を佐竹がぽん、と叩く。

「まあ、そんな真剣に考えなくても大丈夫だと思うぜ? 倉伊はまだ転校してきたばっかりなんだから。ほら、日本での手続きも大変だろうし」

「まあ、確かに」

「と、俺は生徒会と今度の総会の打ち合わせがあるから、今日はここいらで失礼」

 佐竹が飄々と去っていく。

「佐竹くんは忙しそうですね」

「あいつは色んなことに首を突っ込むのが好きだからな。生徒会役員にでもなればいいのに、と思うが、わりと裏方仕事が好きみたいだぞ」

 それに、佐竹は情報通だ。様々なジャンルから情報を取り入れるのに、今の実行委員会という立場は適しているのだろう。

 それはさておき、今度は五十嵐が首を傾げた。

「倉伊は興味のある部活動があるのか?」

「あ、ええと、世界中を飛び回っていて、学校にいたって短期間で転校になるし……日本では長期滞在になる予定なので、部活動ってどんななのだろうっていう興味はあります」

 要するに、海外では部活をする暇もなかったということか。一体何をしていたのか気になるところだが。

 倉伊は困ったように笑い、俺と五十嵐に手を振る。

「というわけで、僕は今から部活動見学に行ってきます。二人共、お気をつけてお帰りくださいね。なんてったって、今朝の朝刊に物騒な事件が載っていましたからね」

 三人の変死体のことだろう。俺も五十嵐もああ、と頷いた。

「そういえば五十嵐、母さんが働きにって言ってたけど、親父さんは?」

 すると、五十嵐は苦笑いになった。少し言いづらそうだが、はっきり答えた。

「父はもう亡くてな」

「あ、悪いことを聞いたな」

「別に気にしなくていいさ」

 とは五十嵐は言うが、あまり死んだ人の話をさせるのもよくない。

 と思っていると、五十嵐の言葉には続きがあった。

「その父というのが、人間のクズでな。母上と籍を入れておきながら、色んな女に手を出していたと聞く。まあ、平たく言うと、女癖が悪かったんだ」

「わお」

 プレイボーイといえば響きはいいが要するに不倫をしていたというわけである。ご活躍だな、五十嵐の父さん。

 だが、それでなんとなく、五十嵐の母さんが言っていた二股までなら許す発言の意味がわかったような気がする。そんな不倫夫と死ぬまで夫婦をやっていたわけだから、さぞかし寛大な心をお持ちなのであろう。

 と、考えていると、教室のドアががらりと開いた。そこにはさっき出ていったばかりの佐竹の姿。

「五十嵐、ちょっと用があるんだ。顔貸してくれねぇか?」

 五十嵐は心当たりがないので、きょとんとした顔をするものの、断る理由もないのでついて行った。一緒に帰る約束はしているので、俺は待つことにした。大した用ではないだろうから、すぐに戻ってくるだろう、と席に座り直す。

 ほどなくして、今度は倉伊が入ってきた。

「どうした?」

「少し、忘れ物しちゃって」

 それは言い訳だったのだろう。ドアをぴしゃりと閉めると、倉伊の笑みは仄暗いものになっていた。

「……やっと、二人きりになれたね」

「……倉伊?」

 倉伊の様子がなんとなくおかしい。二人きりになれたね、ということは、俺と二人になるシチュエーションを狙っていたことになる。

 何か、あるのか? まさか──

 倉伊は机から布に包まれた何かを取り出し、丁寧に布を取っていく。中から現れたのは……ナイフ。

 倉伊は何の迷いもなく、そのナイフを握りしめて、俺に切っ先を向けた。顔は笑顔のままだ。

「倉、伊……?」

「言われたはずだよ。譬、喉笛を掻ききったとしても、治癒能力者がいれば、問題はない」

 聞き覚えはある。昨日聞いたばかりだ。

 まさか、そんな。

 倉伊は妖艶に笑んで言った。

「これも仕事でね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る