第33話「裏切るなんて、とんでもない」
暗い気持ちのまま向かえた午後の授業。ノートを取るふりをして、ちら、と後ろを見やる。
無理矢理感が拭えない新たに設けられた一席。そこには金髪碧眼の少年。流麗な面差しである。
と、胡乱げな目をした女子から手紙が回ってくる。えっ、えっ、これあれですか。授業中定番の手紙回しですか。誰に回すんですか。
動揺しながら紙を見ると、そこには「咲原くんへ」と書いてある。幸い、俺の動揺加減を見たのは手紙を回してきた女子だけだ。恥ずかしさで死ねそうだが、今は授業中だ。突然立ち上がるわけにもいくまい。
手紙をぴら、と開く。そこには流麗な字でこう書いてあった。
「僕ばっかり見てると授業に遅れるよ? あと、女子の視線がすごいね。
倉伊」
倉伊からだ。そりゃ、胡乱げな目にもなる。別に倉伊ばっかり見ているわけではないが、授業に気が半分だったのは確かだ。気を引き締めねば。
というか倉伊、俺が見ていることに気づいていたのか。なんだか恥ずかしいな。
真面目に板書を始めながら、ちらちらと手紙を見る。授業中にもらうなんてこんなシチュエーション初めてだ。返事は返した方がいいだろうか。……いや、やめておこう。まともな文章を書ける気がしないし、先生の目を盗むなんて芸当は俺にはできない。同調能力を使えば、心を読んで行動することはできるだろうが、才能の無駄遣い甚だしい。
……倉伊か、と俺はぼんやり黒板を眺める。マルチリンガルで最近この街に来たやつ。それにがっちり該当するのは倉伊だ。それに朝、俺が佐竹を起こしてすぐ通りかかったのも気になる。やはり、倉伊が[
友達を疑うなんてこと、正直したくない。佐竹でさえ、疑いたくなかった。……いや、俺は人を疑うのが嫌なのだ。両親のような愚か者にはなりたくないから。疑心暗鬼になるのが嫌なのだ。
俺は視線を横にずらす。五十嵐は真面目に授業を受けているようだ。……いや、俺だって真面目に受けているが。
俺が気づくくらいのことだ。五十嵐が気づいていてもおかしくはない。
五十嵐はどう思っているのだろうか。倉伊が[
言われてみると、五十嵐が動揺する姿なんて想像つかない。五十嵐が怒ったところなら一度見たことがある。五十嵐は俺のために怒ってくれた。
そういえば、五十嵐は何故俺のためなんかに戦ってくれるのだろうか。高校に入るまで、接点なんて何もなかったはずだ。それを突然[crown taker]などと崇めて……中二病だと思っていたが、何かあるのだろうか。
と、こうして考えてみると、倉伊のこともそうだが、五十嵐のことも俺はろくに知らない。五十嵐のことで知っていることといえば、中二くらいから今の中二発言が始まったこと、母親がいること、才色兼備なこと、勘がすごいこと……くらいじゃないだろうか。片手で足りるくらいのことしか知らない。
俺は人を簡単に断定できない。健一朗さんも言っていたことだが、今までの佐竹だって、演技かもしれないのだ。佐竹のことだって、腐れ縁と言いながら、どれくらい知っているだろう? 家の場所すら知らない。
結局、人とはそういう浅い付き合いで切り抜けていくことしかできないのだ。俺が[
いや、何を諦めているんだ、俺。高校生になったら普通になってやると思ったんじゃないか。そう簡単に諦めてどうする?
今度こそ、普通になってやるんだ。五十嵐が中二病なのが何だ。半田がなんだ。俺は倉伊と友達になって、普通の高校生活を送ってやるんだ。
そう決意を新たにしたところで、授業が終わりを告げた。
「はぁ、ねみぃ。咲原、よく眠らねぇな」
「佐竹が不真面目なだけだろ」
「何をぅ、人聞きの悪い」
佐竹が不真面目なのは今に始まったことではない。
「え、佐竹くんって不真面目なんですか?」
そこに意外そうな声を出す倉伊。
「ほら! 無垢な人間が一人簡単に騙されたじゃねぇか!」
「騙したつもりはない」
「ひでぇ」
「真面目に授業受けないと駄目ですよ、佐竹くん」
「うおっ、倉伊……名指しの指摘が胸に痛いぜ……」
「胸が痛い? 病気ですか?」
「疚しいだけだろ」
本気で佐竹を心配し始める倉伊に一応、突っ込んでおく。純真無垢というか、天然だな、倉伊は。
こんなけらけら笑っていられる日々が続けばいいと思う。
そこに五十嵐も寄ってきた。
「歓談に私を仲間外れとは」
「お前の席が遠かっただけだろ」
「わわ、仲間外れだなんて、そんなつもりは」
見ろ、純真無垢な倉伊が騙されたじゃないか。
と、五十嵐を見ると、五十嵐はやけに真剣な表情で倉伊を見つめる。それから、こう口にした。
「裏切ってくれるなよ?」
すると、倉伊は目を丸くする。それから、朗らかに笑って答える。
「裏切るなんて、とんでもない」
そんな倉伊の言葉に五十嵐は安心したように笑んだ。
「そうだな」
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