第2話「何か問題があるか?」

 親切だと思っただろう。

 だって命の恩人だ。自分を追い回していた殺し屋を捕まえてくれたんだ。これを命の恩人と言わずして何というか。

 俺だって心から感謝するさ。

 ──中二病でさえなけりゃな。


「うむ、多少差異があるが、互いの認識に大いなる相違がないことは確かだ」

「あのさ、五十嵐……」

「ん、何だ? 王よ」

「……本当に大丈夫なのか?」

 これは殺し屋を警察に突き出し、帰途についたときの会話だ。


 殺し屋を引き渡したあと、真っ先に俺は透明人間をどうやって見抜いたのか訊いた。

 そこでの五十嵐の解答はこうだ。

「ひとえに神の思し召しだろうな。こう──びびびっときたのだ」

「…………つまり、勘ってこと……?」

「うむ、そうなるな。しかし、このように私を介して運命を操る何者かが降臨し、お前を助けたということは、お前はやはりcrown takerの素質を持つ[王]なのだな! そしてこの私との出会いも必然。[万能な兵士オールマイティラウンダー]の名にかけて、終生の忠誠を誓おう。改めて、私は[万能な兵士オールマイティラウンダー]五十嵐舞華。能力は──」


 云々と話を続けられること二十分。中二病だと確信するには充分すぎる時間だった。

 で、今は先刻の「大丈夫だ。私が守る」という発言に関する話になっている。

 正直、ものすごく不安だ。

「大丈夫とはどういうことだ?」

 お前の頭だよ……と言いたいのをぐっとこらえる。そしたら代わりに溜め息が出た。

「戦力のことなら問題ない。私の[万能な兵士オールマイティラウンダー]という名は伊達ではないぞ?」

「そういうことじゃなくて、えーと、俺、さっきのあれみたいな変な超能力者に追われてるんだぞ? お前は何の能力も持ってないじゃんか。それ、すごく危険。気がする」

 怪しい片言になったが、対人恐怖症とコミュ障の激しい俺にしてはよく喋っている。挫けるな、俺。

 そんなことを考えながらの一言に、五十嵐は至極平然とした表情を保っていた。

「うむ、その通りだ。何か問題があるか?」

 頭が痛くなったきた。


 翌日。

「やあ、咲原」

 そうでした。こいつ、クラスメイトでしたね。

 対人恐怖症──殺し屋に追いかけ回される生活のせいで発症した──の俺に親しげに声をかける五十嵐のせいでクラス中から注目を浴びることとなった。

「同じクラスで助かったな。これなら奴らからの攻撃にも対処しやすい」

 終わった……周囲からの視線が痛い。多分、新しい友達はできない。いや、対人恐怖症的には問題ないんだけど、せっかくの[普通]になるチャンスを完全に逸した。

「放課後に昨日の話の続きをしたいのだが、大丈夫か?」

「……ああ」

 もうどうにでもなれ……

「では図書室に集合だ。忘れるなよ」

 五十嵐が席に戻ると後ろから佐竹がつついてきた。というか、佐竹が同じクラスの上に出席番号前後しているから席前後とか、溜め息しか出ない。

「おーおー、中二病同士、仲のよろしいことで」

「俺は中二じゃない」

 案の定、五十嵐が中二なことは言わずと知れているらしい。俺も大いなる誤解を更に深めたわけだ。

「やっぱあれは中二なのか」

「らしいぜ。まさに中学二年生からあんな感じってことだけど、成績は学年トップ。この黒輝山にも首席合格ってくらいだ」

「マジで?」

「マジ。それにスポーツも一通り、人並み以上にできる。こりゃ、なかなかハードだぜ? ご覧のとおり美人だし、あの性格だ。お前が彼女のお目にかなったってんなら敵が増えるぜ?」

「どういう意味だよ?」

「せいぜい気をつけろってこった。リアルの方の敵にもな」

 ……俺の敵はいつだって現実リアルにいるんだけどなあ。


「さて、咲原」

 放課後。もう後は野となれ山となれ気分で五十嵐と待ち合わせた図書室で、五十嵐は躊躇なく本題を切り出す。

「お前のその能力──[傀儡王パペットマスター]といったか。それを見せてくれ」

「五十嵐、あまり大きな声で言うなよ」

 勘違いに拍車をかけたくない。

「おお、すまん。crown takerの能力は秘匿事項であったな」

 意図は伝わっていないのだろうが、微妙に話が噛み合うから困る。

 俺は声をひそめて言った。

「俺のこの能力は無生物には通用しないかもしれないから、失敗しても何も言うなよ?」

「無論だ」

 よくある超能力で、物を手を触れずに動かすというのがある。俺の[傀儡王パペットマスター]はそういう目的の能力ではないが、対象の波長に同調して命じれば、できないこともないだろう──そう思い、同調能力を発動させる。

 さて、何を動かそうか、と波長を探っていると、一つの不審な波長を見つけた。不審、といっても、普通の人より多少同調に対する抵抗があっただけで、すんなり同調は完了したのだが。

「誰かいる?」

「何?」

 俺の発言を聞くなり、五十嵐が険しい表情に変わり、何か感じたのか、後ろに振り向く。俺も自然とそれに倣う。

 そこには、息を飲んで立ち竦んでいる少女がいた。見覚えはない。

「誰?」

 対人恐怖症コミュ障の俺はなんとかそれだけ訊いた。

 少女は緊張気味のようで、少々ひきつった笑みを浮かべて答えた。

「四組の半田はんだ美月みづきです。咲原唯人くんですよね?」


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