第24話「小バエ型探知機カロンだ」

 ようやくまともな友達一号を得た俺は嬉々として学校へ行く準備をしていた。

 すると、そんな俺の様子を物珍しそうに知実さんが目を丸くして見ていた。

「……今日は槍でも降るのか?」

 失礼な。

 というか。

「早起きですね、知実さん」

「それは違うぞ、甥よ。私は徹夜したのだ!」

 胸を張って言うようなことではないのだが、いちいち突っ込んでいたら話が進まない。伊達に長年一緒に過ごしてはいないので、知実さんが話しやすそうな言葉のチョイスをした。

「それで? 徹夜して何か作っていたんですか?」

「よくぞ聞いてくれた、甥よ!」

 どうやらクリーンヒットだったらしい。眼鏡の奥の瞳がきらきらしている。完徹してこの輝きって一体。

 これだけ興奮しているということはよほどの大発明なのか、はたまた大発見なのか。知実さんは超能力の研究者だから、後者の方が正しいかもしれない。

 しかし、予想は外れた。

「見よ、我が擬似能力発明の第一歩、小バエ型探知機カロンだ」

「……はい?」

 僕じゃなくても首を傾げたにちがいない。なんだ、小バエ型探知機って。というか小バエってあまりいい印象ないからもうちょっとなかったのか、と思っていると、どこからともなく羽音がして、小バエというにはちょっとでかい、本物のハエをも凌駕する一円玉よりは小さい黒い物体が飛んできた。羽音は、本物のハエのようなぞわっとした感覚がないため、オプションのスピーカーから流れてきた電子音だろう。

 しかし、ここまで小型化して動くことも驚きだが、探知機とはどういうことか。

 俺の服にくっついたカロンとか言うそれを払い落としたいのをこらえながら、説明を待った。

「そのカロンは、擬似的に同調能力を出すことができる。まあ、超能力者のお前なら、実際にやった方がわかるだろう」

 そう説明すると、知実さんはケータイサイズのリモコンを出し、ボタンをぽちりと押す。

 すると、若干の違和感が生じた。というのは、今俺は同調能力を発動させているのだが、同調能力を高めていかないとこの小バエ型ロボットの存在を忘れてしまいそうなほどに、カロンの存在感が薄まってきたのだ。空気に同調して、姿を見えなくする[透明人間スケルトン]の能力に似ていた。[透明人間スケルトン]は副次作用として姿まで見えなくなるのだが、さすがにそんな機能までは搭載されていないらしく、目をやると存在感が薄いだけで、カロンの姿は確かにそこにあった。

「……すごい」

 素直に感嘆する。知実さんは元々、世界に数少ない超能力の研究者であるが、それを差し引いてもすごい成果と言える。

 知実さんの超能力研究というのは、目的として、「擬似的に超能力を作る」というのを掲げている。俺の目的は自分の能力[傀儡王パペットマスター]を消すことだが、これは正反対のようで、実は同じことなのだ。

 生み出すことが人間にできるのなら、消すこともできるのではないか──知実さんが俺を引き取るときに言った台詞だ。

 俺はそれに乗った。当時はよくわからなかったが、道理である。人間というのは、創造と破壊ができる。人間という存在自体が生まれたら必ず死ぬことが決まっているように、作ったものはいずれ壊れる。超能力がその例に漏れないか、というのは一種の賭けだが、やってみる価値のある研究ではある。

 その第一歩として、擬似同調能力の開発というのは大きい。

 まあ、作ったばかりのようだから、まだ実験をいくつか重ねなければならないだろう。

「いやぁ、お前の出る時間に間に合ってよかった」

「……もしかしなくても、俺を実験台にする気ですか」

「そういう約束だろう?」

 確かに、知実さんと俺は実験で繋がった関係だ。血の繋がりもあるとはいえ、第一はそれだ。

「それに、お前の周りには能力者が集うし、カロンは敵を認識してくれるぞ」

「警告機能があるの?」

「同調してアラートを鳴らす」

 思ったより高性能だ。

「……まあ、今できるのはそれだけだが」

「充分ですよ」

 逃げれば勝ちだ。

 問題といえば……小バエ……

 絶対にサイズ感は小バエではないのだが、小バエと言われるとどうしようもない嫌悪感が湧くというか。払い落としたい衝動が湧くというか。

「可愛いだろう?」

 ……知実さんにセンスという言葉をセの字から教えたい。

 小バエをくっつけて一日中歩く俺の身にもなってほしい。

「大丈夫だ。同調能力で他者に認識されない。認識するとしたら超能力者くらいだろう」

 しかし、小バエと言われたため、抵抗感が拭えない。

「お前が挙動不審にならなければいいだけだろ」

「不可能に近いよ!?」

 俺は悲鳴にも似たツッコミを繰り出したが、実験のためだ、と押し切られる。

 仕方ない、と玄関の扉に手をかけて気づく。

 カロンの存在が、もう気にならなくなっているのだ。



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