第23話「お前、仲間にならないか?」

「お前、仲間にならないか?」

 五十嵐はいきなり、倉伊にそう言った。

 放課後のことである。

「仲間……って?」

「よくぞ聞いてくれた! 私はそこに座っているcrown takerさきh」

「この人、中二病なんだ。おかしいこと言うけど、気にしないでやってくれるかな」

 俺は慌てて五十嵐の口を押さえ、倉伊に笑みを送る。ぎこちなくなっていないだろうか。

 中二病? と倉伊が首を傾げると、佐竹が生き生きと割り込んでくる。「それはだな」と説明を始める様子はとても楽しそうだ。一抹の不安を感じるが、今はこちらを優先だ。

「何をするのだ、咲原!」

「五十嵐、ちょっとあっちで話そうか」

 手を離すなり不満の声を上げた五十嵐を教室の隅に引っ張っていく。佐竹が倉伊に余計なことを言わないか不安なので視界に入るようにしておく。「中二病っつうのは若さゆえの過ち……とてもイタイやつがかかる重篤な病だ」と既に語っているので手遅れな気もするが。

「五十嵐、すっかり忘れてたけど、俺のことって秘密にしとかなきゃだめだと思うんだ」

「何を今更。佐竹にはやたらと話しているではないか」

 そこを突かれると辛い。

「……あいつは嫌と言っても面白がって絡んでくるから仕方ないんだって。その割一つも信じちゃいないし。でも倉伊はだめだろう。根が善良そうだし、信じてしまいそうだし、いざとなったら危険に晒してしまうことだってあり得る。お前は別格すぎてわからないかもしれないけど、普通の人間は超能力者に対応できないから」

「ああ、そうか」

 溜め息混じりの俺の説明にひとまず納得してくれたようだが、尚も五十嵐は腑に落ちない様子で頭を抱えている。

「おかしいな。私にはやつの顔を見たときからこう何かぴんときていたのだが」

 電波か。いや、こいつは正真正銘中二だから電波でも間違いないだろうが。

 もしかして、と思うところがあり、ちりりと胸に痛みが走る。それをごまかすように俺は言葉を紡いだ。

「仲間はともかく、友達になっちゃいけないってことはないんじゃないか?」

「あ、そうか!」

 五十嵐はぱっと立ち上がり、すたすたと倉伊の方に戻った。

「友達から始めよう」

 普通に聞いたら誰もが勘違いしそうな台詞をこれまた勘違いしそうな満面の笑みで言い放つ五十嵐に俺は頭痛を覚えた。

「えっと、ともだち?」

「そうだ」

 なかなか流暢に日本語を操るのに、何故か倉伊は[友達]という単語を理解していないようだった。頭上にクエスチョンマークが大量発生している。

「それって、どういう……?」

 とまで宣った。

「……I want to be your friend」

 ぼそりと俺が口を挟んだ。倉伊が弾かれたようにこちらを見る。

 さて、俺の似非発音で通じただろうか。

「これでわかる?」

 一応不安なので訊いてみると間髪入れずに首肯が返ってくる。

「でも、僕なんかでいいんですか?」

「お前が[僕なんか]という理由がわからん」

 五十嵐が告げ、静かに微笑んだ。

「お前がいいんだ。よろしくな」

「!! はい、えと」

「五十嵐舞華だ」

「五十嵐さん、よろしくお願いします」

 手を取り合う五十嵐と倉伊はなんだか眩しく見えた。……少し、寂しい気もした。

『五十嵐さんはみんなの五十嵐さんよ!』

 以前突き付けられた言葉を思い起こす。全くその通りだ。五十嵐は誰とでも簡単に意志疎通がとれる──それに比べて俺は……

「おい、咲原」

「えっ?」

 名前を呼ばれて驚いて顔を上げると、五十嵐が倉伊に俺を示していた。

「今、かいつまんでお前の紹介をしていたのだが、お前から何かあるか?」

 突然話を振られて俺は戸惑う。急にいつもの、対人恐怖症の感覚が押し寄せてきた。忘れかけていたが、倉伊とはほとんど初対面なのだ。佐竹の語った噂話で多少興味を持っただけで、五十嵐に友達になれば? なんて言ったのも流れで。

 よぎる、両親との別離。

 佐竹が「ん、咲原、どうした?」なんて問いかけてきたが、俺は、俺の頭の中は恐怖に、拒絶意思に彩られ──

「I want to be your friend」

 俺より遥かに流麗な英語が聞こえた。速いけれど聞き取りやすく、その言葉がすっと頭に入ってくる。

『僕は君と友達になりたい』

 そんな意味の単純な英文。

 放った主を見ると、緑色の宝石みたいな目が真っ直ぐ俺を射抜いていた。

 その眼差しを見ていたら、なんだか心が落ち着いて。

「俺で良ければ」

 と答えた。

 佐竹がツチノコでも発見したかのような表情で俺を見たが、気にすまい。

 正直俺も驚いていたんだ。倉伊をこんなにもすんなり受け入れられたことに。

 俺は倉伊と手を取り合った。

 この後、互いに巻き込み合うことも知らずに。



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