第9話「違いは何ですか?」
「近頃は客人が多いな、甥よ」
知実さんが眼鏡のブリッジを持ち上げて言った。
「無理矢理連れて来させられたんだよ!」
「ほう、つまり押し掛け女房というやつか?」
「彼女じゃないからな!」
「冗談だ。冗談ついでに結納でもしてやろうか?」
「知実さん、それ、冗談にならないから」
「そうか。しかし、二人とは豪勢な」
そう、二人。
俺の家には今、五十嵐と半田の二人がいる。俺が連れてきたというよりは二人がくっついてきたという方が正しい。
最初は半田だけのはずだった。本当は嫌だったけれど、あそこまで拝み倒されてしまったら断るに断れなかったんだ。
それに難癖をつけた五十嵐が強引についてきた、ということで今に至る。
「お初にお目にかかります! わた、私、咲原くんと同じ学校に通っております、半田美月です」
「半田、な。覚えておくとしよう。して、私の方は紹介がいるかな?」
「いえ、存じ上げております。特能研究で有名な科学者の佐倉知実博士ですよね」
「いかにも」
知実さんの頬がほんのり赤みを帯びている。照れているのか? 珍しい、と思って見ていると、こっそり振り向いて囁いた。
「博士というのはいい響きだな、甥よ」
あー、はいはい。
俺も知実さんもあまり人を呼ばないから知実さんは[知実さん]以外で呼ばれたことがあまりないのだ。科学者といっても、研究対象である超能力者の存在が公のものでないため、[博士]などと呼ばれたことがないのだ。俺にはよくわからないけれど、[博士]という呼称は科学者として[認められた]という感じがして心地いいのかもしれない。
「佐倉氏、お久しぶりです」
半田に敵対心剥き出しの五十嵐が半田を押し退けて進み出た。
「おお、五十嵐か。久しいな」
「実は一週間ぶりですけどね」
大袈裟な二人にツッコミを入れる。でもないとこの会話がエンドレスに続いて話が進まなくなる。
「あの!」
半田が再び前に出た。
「咲原くんのことについてお話ししたいことがあるんです。聞いてくださいませんか?」
「む? 長くなりそうか?」
「いえ、お時間はそんなにとr」
「いや、絶対長くなるから」
中二トークの恐ろしいほどの長さを知っている俺が止めに入った。家の前での中二トークは色々な誤解を振り撒くし、足が棒になる。
「では中で聞こうか」
「うわ、マジで
双六屋というのはこの街では有名な老舗の菓子屋だ。中でもそこのロールケーキは日に二十個しか販売しておらず、いつも昼には完売というほどの人気商品で[幻のロールケーキ]と渾名されている。ちなみに知実さんの大好物である。
これを何故か五十嵐が持ってきたのだ。途中家に寄っていたが、まさかこれを取りに行っていたとは。
「どうやって手に入れたんだよ」
「我が最強の母に不可能はない」
どんな母かは気になったが、追及はせず、さくさく切り分けて、さくさくお茶を淹れた。リビングで話し始めていた半田と知実さんの元に運ぶ。
「というわけで、咲原くんに我々[WHAT]の一員になっていただきたいのです!」
「うむ……」
話がものすごく進んでいた。
「…………うーむ」
「な、なんでしょうか?」
知実さんが品定めするように半田をまじまじと見つめる。
「うむ」
「あの?」
「お前は可愛げがあるな」
「はい?」
半田が目を丸くする。俺も同様だ。
「可愛い、じゃなくて可愛げがある、ですか」
「うむ」
神妙な面持ちで知実さんは頷いた。
「お前たちは可愛い、だが、半田は可愛げがある、だ」
俺と五十嵐を見て、にこりと微笑む知実さん。
「違いは何ですか」
半田が小首を傾げる。
すると、知実さんは意味深な笑みを浮かべて
「まあ、双六屋のロールケーキを食べようではないか」
思い切り話をそらした。
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