第10話「悪いですか」

 翌朝のことである。

 午前七時十五分。やたらと早い訪問客がやってきた。

 こんな時間に誰だよ、と思って、とりあえず玄関を開ける。

「警戒が足りませんよ、咲原くん」

 どこか偉そうに言い放ったのは半田だった。

「何しに来たんだよ、こんな朝早くから」

「悪いですか」

「だから何が?」

「登校前に迎えに来て悪いですか」

 唖然。

「どういう風の吹き回し?」

「思いついたんです」

 何故か不機嫌だ。どちらかというと、もう少し常識を考えた時間に来いよ、とこちらが怒りたいのだが。

「とにかく、一緒に行きましょう」

「はいはい、準備してきます」

 一旦戸を閉める。全く、マイペースなやつだ。他人の予定という言葉が辞書にないようだ。一方的すぎる。個性と言ってしまえばそれまでだが。

 知実さんを叩き起こして伝言だけすると、急いで外に出た。

「遅いです」

 不機嫌面が更に酷くなっていた。

「俺にも色々都合があるんだ。一体どういうつもりなんだよ?」

「五十嵐さんにもそう言ってるんですか?」

 何故そんなことを聞くのやら。

「別に。五十嵐は前日に打ち合わせてくれるから、小言は言わないさ」

 中二だけど、できる女だよな、と思いつつ答える。

「配慮が行き届いていなかったわけですね。失礼しました」

 頭を下げられ、更にわけがわからなくなる。

「なあ、本当に今日はどうしたんだ? 突然他人ん家に迎えに来たりとかして」

「昨日から誰かにつけられてますよ」

 ああ、そんなことか。

「いつものことだから、気にすることないよ」

「いつもって、気づいてらしたんですか!」

「家以外では同調能力使ってるしね」

 半田が目を見張る。

「いつでも応戦できるようにしとかないと命がないからね」

「ではどうして先程はあんな無防備に戸を開けたんですか?」

 やはり、気づいていなかったか。

「玄関のガラス」

「え?」

 知実さんはものすごくさりげなく防犯対策をしている。玄関には光の反射を抑えたガラス戸があって、しかもそのガラスは防弾防熱。家の周囲には不可視レベルのサーモグラフィーカメラがある。

「さ、さすがですね」

「ガラス戸は俺か知実さんしか開けられないし。サーモグラフィーカメラは不審な熱源を捉えたら警報出すし、ほとんど完全防備さ」

「なるほど」

 知実さんの持てる技術を尽くしたシステム。実際に役に立ったこともある。以来、のこのことやってくるような馬鹿はいない。

「そういえば、サーモグラフィー、よく引っかかんなかったな」

「それは偶然じゃありません」

 半田は言うなり俺の手を取り、握った。

「冷たっ!」

「でしょうね」

 でしょうね、で済むような温度じゃない。冷凍庫から出したばかりの氷のような冷たさ。人間の体温、もっと言えば生き物の体温としてあり得てはいけないんじゃないか?

「私の通常体温は十九度です。今の手は氷点下ですが。これがどういうことかわかりますか?」

「超能力……」

「特能と言ってください」

 半田は一瞬むくれたが、すぐ真顔に戻る。

「改めまして、自己紹介いたします。私は特能者保護組織[WHAT]の特派員、[偽りの恒温動物サーモグラフィー]半田美月です。どうぞよろしく」



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