第4話「お前は可愛いな」

 佐倉さくら知実ともみ。これが俺の叔母もとい現在の保護者の名である。ちなみに俺の両親は生きている。別居中なのは、諸々訳ありなので割愛させていただく。

 叔母は超能力の研究をしている科学者で、俺はまあ、あまりよろしくない表現だが[モルモット]ってわけだ。何故そんな立場を受け入れているかというと、俺には俺で目的があるわけで──一応親戚関係ではあるが、中身を見れば、互いに己の利益しか考えていない薄っぺらな関係である。

 と、俺は割り切っているのだが。

「待ちかねたぞ、甥よ」

「わっ」

 いきなり抱きつく叔母──知実さん。この人は何故か俺を溺愛している。こうして帰りを玄関先で待つことはしばしばあり、帰ってくるなりいきなり抱擁。ここは日本だ。アメリカンな出迎えなら渡航でもしてくれ。通行人の視線が痛い。いつものことではあるのだが。

 高校生にもなってこれはさすがに恥ずかしい。中学生でも恥ずかしかったが、ここまでは許容範囲なんだ、多分、と自分に言い聞かせてきた。しかし、さすがに耐えかねた結果──俺は知実さんの腕を思い切り振り払い、一目散に逃げるようになったのだ。

「こら、咲原」

「うわっ」

 今日は五十嵐に止められた。

「逃げる前にこの人の紹介ぐらいしろ。私と同い年のくせしてもう恋人と同棲しているのか? 随分とませているな」

「違うっ、この人は俺の叔母さんで佐倉知実さん!! 超能力の研究をしている科学者だ」

 どういう頭をしているんだ。まあ、いきなり抱きつかれていたら恋人と勘違いされても仕方ないのか?

「にしたって知実さんの年はさんjむぐっ」

「全く、我が甥はいつになったら覚えるのだ。女の年齢は最重要機密に値する事項だというのに」

 はいはい、わかりましたよ。──この人も中二です。

「三十うん歳……私たちと十以上離れているというのか。これはまた随分とお若い」

「おやまあ、そこの娘は女なのに世辞が上手いな、何も出ないぞ?」

「いえいえ、事実を述べたまでで」

 うわ、色々とベタな……会話をしているのが同性同士でなければ軽く社交パーティーみたいな感じだ。やはり、中二は中二同士、通じるものがあるのかもしれない。

「して、娘。お前は何という?」

「はっ。申し遅れました。私はcrown taker咲原唯人を護衛する任を担う[万能な兵士オールマイティラウンダー]五十嵐舞華と申します」

「ほう」

「ただの同級生だから!」

 すかさず突っ込む。多分無駄だろうけれど。

「[万能な兵士オールマイティラウンダー]か……お前も超能力者か?」

「いえ、私には特殊な能力は存在しません。ですが、[王]をお守りするために持てるかぎりの力を尽くしております」

「我が甥は冗談でも何でもなく、常にその身を危険に晒している。何の能力もないなら、命を落とすやもしれないぞ?」

 珍しく知実さんがまともなことを言った。知実さんはこう見えて俺の状況を一番正しく認識している。だからこそ、あまり邪険にできず、面倒なのだが。

「甥を狙う殺し屋たちも何かしかの能力を持っている。普通の人間では対処しきれぬものばかりだ。それでも戦う覚悟はあるのか?」

「無論です」

 五十嵐の即答に俺は不安になった。こいつはわかっていないのだ。俺のいるところは中二病の描く妄想の世界じゃない、現実なのだ。実際、死ぬかもしれないのだ。それなのに──

「私はそういう運命の下に生まれた。そのことを自覚し、覚悟もして、今、ここにいます」

 どうしてそんな真っ直ぐなをできるんだ──?

「お前は可愛いな」

 知実さんが唐突に五十嵐に言った。

「佐倉氏こそ、お世辞がお上手で」

「ふっ……まあ、我が甥ほどではないが、お前は気に入った」

 白衣のポケットからおもむろに名刺のようなものを取り出し、五十嵐に渡す。

「これは我が研究所への自由出入許可証だ。いつでも来るといい。それと……我が甥を頼むぞ」

「はい」

 神妙な面持ちで五十嵐が頷く──

 さてはて大変驚くべきことに、話、ここに至るまで会ってから五分ほどしか経っていない。何だこの付き合うのに親の承諾を得たみたいなやりとりは!! だいたい俺と五十嵐が知り合ってようやく二十四時間みたいな仲なのに!! ──中二の波長の合い方の恐ろしさを知った。

 五十嵐が帰ってから。

「よい娘だったな。お似合いじゃないか」

「彼女じゃないからな!」

「ふふふ、やはりお前が一番可愛いな」

 やっぱりこの人は苦手だ。俺をからかって楽しんでいる。

「まあ、仲良くするのだ。頼もしいしな」

「…………」

「唯人」

 珍しく俺の名を呼んだ知実さんは、普段は見せない優しい微笑みを浮かべていた。

「お前に友ができて、私は嬉しいぞ」


 俺はその一言に困惑して、その夜は眠れなかった。


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