第38話
今感じている危険、これはあの時、黒い影の中にあった赤い光を見た時と同じ。近くにアレが居る。
後ろを振り返ったけれど、先程と同様の静かな夜の風景だけが目に映った。何も無い、だけど、身の危険を感じているのは確か。
「この感じ・・・いや、気の所為、なのか。」
滲んだ汗を吸い込んだTシャツが張り付くいて背中が気持ち悪い。
目に見える範囲にはなにも起こっていない。それなら、オレの見えないところで何等かが起こっている。そう考えるのが妥当。店の横、裏側、何処だ。仮に発見できたとして、オレに何ができるのか。それでも、冬木真冬とシロの事が心配だ。
「探しに行かない、なんて事は・・・できないよな。」
手にした本をレジの横に置いて店を出る。一応、入口を施錠。
店の周辺を一周してみようと思う。それで何も見つからないならば手も足も出ないような、本当にどうしようもない状態で物事が進行しているのだ。その時はオレがこの場に残っていてもしかたない。そのまま帰宅してしまおう。オレとしては何も発見できませんでした、それを望んでいたのだけれど、店の裏側へ向かう途中で驚愕とした。
夜空に人型が浮いているのを見たら誰だってそうだろ?
冬木真冬が心配だけれど、近付くか躊躇ってしまった。しかし、宙に浮かんだ人型の下に居る冬木真冬は膝を地につけている。シロだって横たわって動かない。勝敗は決したと言っていい。
冬木真冬が敵わない程の相手にオレでは歯が立つ訳がない。それでも、冬木真冬とシロを置いて逃げる、その選択肢はオレにはなかった。冬木真冬から多少のダメージが抜けるくらいの時間は稼ぐことができるのではないか。
それは確信ではなく、希望を抱えた勢いと言うべきだろう。
ここで放置したら店にも被害が出るかもしれない。
冬木真冬の元へ駆け寄るために足を踏み出す。しかし、つま先が何かに触れた。ブロックにでも躓いたのか、転倒する事を察知した体が反射的に手を突き出す。その手が何かに触れて体を支えた。
「何だよ、これ。」
オレは何も無い空間に手をついて体を支えていた。
悪態のような口調で吐き捨てると全体重をかけて触れている何かを押した。思いっきり足に力を入れる。それでも、見えない何かはビクともしない。
まるで壁が見えなくなったよう。いや、見えない壁がここにあるような。近寄れないのは確定。どうすれば・・・考えようにも自分にできる事などない。完全に詰んだ状態だ。
再び宙に浮かんだ人を見る。あれは人型ではなく人間だ。黒い影の歪な人型ではない。人間の・・・そう、大人の男。遠目でも分かるような純白のスーツ、それを着ている男の顔は凄く端正で、まるでアイドルかのNo.1ホストのようだ。だが、その男の顔には狂人のような薄ら笑いが張り付いている。冬木真冬と同様の力、いや、彼女以上の力を所持しているのだろう。
ただ一点気になるのは、奴の瞳は黒い影と同じ赤に輝いていた。
浮かんだままの男は見下すように冬木真冬を見ている。冬木真冬が男を見上げて叫んだ・・・叫んだように見えたけれど、その叫び声はオレの耳には何も届かない。
男が宙を滑るように冬木真冬へ近づくと、顔を彼女の鼻先に寄せてニヤリと嫌らしい笑顔を貼り付けたまま二、三言うが、冬木真冬は何も言えずに歯を食いしばって耐えていた。
よほどの侮辱的なことを言われたのだろう。男の頬へ平手打ちを一撃。その一撃は完全に男の不意を付いていたように見えた。だが、男はそれを知っていたかのように受け止める。そして、打つ手無しの冬木真冬を前にして男が高笑いをした。周辺に狂気を振りまくような、そんな笑い方をしている・・・ように見える。
力の差を見せつけられ、眼の前で侮辱され、冬木真冬は奥歯を噛み砕かんとするほど奥歯を食い縛っている。その様子を見た男は虫でも払い除けるように冬木真冬の頬に手の甲を打ち付けた。冬木真冬の体が吹き飛ばされてオレの方へ飛んでくる。駆け寄ろうにもオレの前には見えない壁がそれを阻む。
歯がゆいけれどオレにはどうする事もできない。
冬木真冬は横たわったまま動かない。気絶したのだろう。悪寒を感じて視線を上げる。再び宙に浮かんだ男がオレを見下ろしていた。何だ貴様は、口が動いた。
だが、オレに男の声は聞こえない。
オレは何を言えばいいのか分からない。余計な事を言って男を刺激するのは危険だ。相手は狂人。怒らせてはオレの命も、冬木真冬の命も危ない。
何も言い返さないオレに対して男は激昂した様子。オレに向かって大声で何かを叫んだ。
だが、オレに男の声は聞こえない。
何も答えないオレを見た男は怒りに顔を歪ませた。そして、男がオレを指差すと、連立する複数の円形の出現、一つ一つに紋章が刻まれていく。それらがどのような効果をもたらすかなんて分からない。でも、オレにでも分かる事が一つだけある。アレで攻撃されたらオレの命なんて十個あっても足りないってこと。
死ね、男の口がそう言った。いや、そんな気がした。
男に一番近い陣が薄く輝くと、連立した陣が次々と輝き始める。そして、徐々に輝きは大きくなっていく。この場から逃げようにも体が動かない。男が展開した紋章が刻まれた陣からビームが放たれる。本当にビームなのかは分からないし、小春と梨夏が言っていたらしいマナとオドによるビームに似た何かかもしれない。それがオレに向けて放たれたのだ。
おそらく一瞬でビームはオレに到達するだろう。その間にオレの口から出たのは、とてもありきたりで、とてもつまらない言葉であった。
「やべぇ、これは死んだ・・・。」
自身に降り掛かるであろう激痛を覚悟して目を閉じた。死ぬことを覚悟したんだと思う。けれど、走馬灯なんて見えやしなかった。
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