第27話
仕事をしたい気持ちを抑えて冬木真冬の話の先を待つことにしたのだが、一向に話を先へ進める言葉が出てこない。話したい事はあっても、それに対して適切な表現を見つけることができない感じ。そもそも言って良いのか、それすらも分からないのかもしれない。
視線を彷徨わせて考えている冬木真冬の姿がオレに要らない事を考えさせた。
ここは普段聞き役のオレが話を先へ促すアクションを起こすべきだろう。
「二人組の女の子ですか。道に迷った時くらいしか夜に声をかけることは無いと思いますけれど。そもそも、ここいら周辺で道に迷いますかね?」
二人組の女の子。もしかすると、いや、まさかね・・・冬木真冬が言っているのは小春と梨夏の二人なのではないか。昨夜の彼女達の反応を見ていると、彼女達が冬木真冬に何かするのではないかとは思っていた。
冬木真冬はオレの言葉を否定するように首を横に振る。
「いえ、彼女達はスマホを持ってましたから。」
そう、確かにそうだ。道に迷ったのなら地図を開けばいい。では、冬木真冬が言葉を選ばないと話せない事態とはなんだ。
冬木真冬が話すのを待つ。すると、彼女は重い口を開いた。
「その二人に聞かれたです。ですが、それは道ではありません。ただ、その問われた内容が私にはよく分からなくて。予言書の在り処を知っているか、そう問われたんです。」
予言書、その言葉を聞いたオレの背中に冷たいものを感じた。
オレは表情を変えず例の忘れ物、黒い革の本の事を考えた。何も言葉が出てこない。冬木真冬はそんなオレを見て話を先へ進めた。
「加えて彼女達は、あれは私達の国で保管されていた物だ、触れた者のオドを読み取って未来を見せる本。取り返すのが私達の目的・・・そんな事を言ってました。」
少しでもリアルに場面を再現したかったのだろう。冬木真冬は普段の口調と違っていた。たぶんモノマネしたんだと思う。これが似ているのかは分からないけれど、どことなく小春の口調に似ている気がする。
少なくとも日本人ではない何者かが黒革の予言書を探しているのは間違いない。
「オドって言葉を聞くのも初めてでしたし。私は予言書を見たこともないんです。当然、なにも知らない、そう返したんですけど。ですが・・・落ち着いた雰囲気の娘はそれで引き下がってくれたんですけど、派手な娘は納得していない様子。」
落ち着いた方と派手な方で区別ができる二人組・・・やはり、小春と梨夏だろう。
「それはそれは・・・暴力行為にならなければ良いのですが。」
ここは他人事にしておこう。オレに火の粉が降りかかるまでは触れないようにしておこう。
もっとも予言書はオレが持っている訳で、三人の共通の行動範囲はこの店だな。あれ、もしかして火の粉が降りかかるカウントダウは始まっている?可及的速やかに対処しなければ取り返しのつかない事態になるんじゃないのか、これ。
冬木真冬に予言書の事を相談しようとした。けれど、声をかけようとした時ドアが開く音が聞こえた。嫌な予感がする。エリの声に導かれ入店した人物を見た。清楚と派手、相反する属性の二人組がカウンターに歩いてくる。オレはその二人の事を見て苦笑いするしかなかった。
「やっほー。来たよ、マスター。」
梨夏がいつものように・・・いや、いつもより軽い感じで挨拶をしてきた。そんな梨夏に小春がツッコミのような注意をする。
「挨拶くらい、ちゃんとしなさい。」
小春の穏やかな口調もいつも通り。店長こんにちわ、などと普通に挨拶をされてしまった。
この二人が来始めてから数日しか経っていないのに、この常連感なんだろうか。大久保よりも馴染んでいるんじゃないだろうか。
そんなことよりも・・・。
「あっ。」
冬木真冬の声。オレが声をかける隙なんて無かった。
冬木真冬の視線の先には小春と梨夏の二人の姿。どうやらオレの予想が当たっていたようだ、しかも悪い方に。
「あら、先日はどうも。」
小春があくまで冷静に、そして、お淑やかに挨拶した。そんな小春とは対照的に梨夏は威嚇する猫のように冬木真冬を睨みつけている。
そんな二人を見た冬木真冬が表情を変えずに立ち上がった。
両者の間に火花が散っている。お客さんも何事かと三人に視線を集めた。店内が異様な雰囲気に包まれる。冬木真冬がこちらを向いた。何事かと思い、内心構える。
「彼女達と話があるので、テーブルへ席を移しても良いでしょうか?」
終わりが近いとは言え、まだランチタイム中である。テーブル席は満席。何処に視線を向けてもお客さんの姿がある。それでも、空気が読めるお客さんもいるもので。若い女性二人が立ち上がった。そして、消え入りそうな声で言った。
「・・・お会計を。」
店内の雰囲気は現在進行系で異様である。その上、モデルのような長身の美人に対して見た目ヤンキーの女の子が威嚇しているのだ、萎縮してしまうのは仕方ない。そんな中で店主が空席を探しては立たない訳にもいかない。
居心地の良い空間を目指す、そう考えてこの店をオープンしたのだが。彼女達には申し訳無い事をしたな。次に来店してくれたら何かしらサービスしてあげよう。それまで、彼女達の顔を覚えていればの話ではあるけれど。
エリが一言、二言お客さんに声をかけていた。オレはそれを横目にテーブルの片付けをする。
「準備ができたのでどうぞ。」
何も無いテーブルへ案内した。
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