第28話
オレは三人をテーブル席に案内してキッチンに戻った。
カウンター越しに客席を見たけれど、三人を案内したテーブルの近くに座っているお客さんは居心地が悪そうだ。なんの話をするのかは分からないけれど、早く話が終わってくれることを祈るばかりだ。
これでは店の雰囲気を損ねかねないな、そう思うと溜息が口から漏れた。
「あの三人はどんな関係なんでしょうか。」
近くでエリの問が耳に入る。そちらを向くと彼女はすぐ近くにいた。いつの間にキッチンに入ってきたのだろう。エリの声はいつも通りで、この状況に臆さない彼女の声に安心感を覚える程だ。
「はて、オレに聞かれてもな・・・。」
エリの問に対する正確な返答など返せる訳もなかった。
小春と梨夏が並んで座り、冬木真冬は小春の前に座っている。梨夏の前の席が空席の状態だ。冬木真冬だって明らかな敵意を見せる梨夏の前には座りづらいのだろう。それに、現状話すならば梨夏よりも小春を相手にすべきなのは正解だろう。
あくまで推測の域は出ないけれど、話の内容は先に冬木真冬が話していた予言書の件か。
オレの持ち物ではないとはいえ、現在オレの手元にあると言っても過言ではない。それが小春と梨夏の二人に知られた場合・・・オレはどうなるのか、それについては検討もつかない。正直にこれが忘れ物だと話したところで信じてもらえるだろうか。冬木真冬を見る梨夏を見ていると、オレの言葉を信じてもらえる可能性は限りなくゼロに近いモノに感じられた。
聞き耳を立ててでも三人の話を聞きたいところだが、残念だけれど三人の話し声をオレの耳は拾ってくれない。BGMが大きくない店の中で彼女達だけ防音の空間にいるようだ。それでも壁が無いのが現実であり、言葉は聞けずとも彼女達の動きを見れば、両者が友好的か対立的かがわかる。
数十分、長い間三人は話をしていた。その間に話した内容どんなものであったは分からない。それでも、冬木真冬に対する梨夏の態度が徐々に柔らかいものに変わっていく様がみてとれた。
三人が立ち上がる頃になると、店内のお客さんはだいぶ少なくなっていた。
カウンターに背を向けて座っていた冬木真冬がこちらを向く、彼女はひどく疲れた印象だ。そして、再びカウンターの椅子に座る冬木真冬に続いて小春と梨夏もカウンターの椅子に座った。今まではカウンターの両端に陣取っていた両者であるが、今は三人が横並びに座っている。関係が改善されたのだろう。それでも、冬木真冬の隣に座ったのが梨夏だったのは意外でしかなかった。
「マスター、いつものパスタをください。それとカフェラテを。」
最初に声を上げたのは小春。今まで注文もせずにテーブル席を占領していたことには触れずに、これから食事をするぞと意思表示された。
「私もいつもの。」
梨夏が普段より明るい声で言った。そして、梨夏は冬木真冬の方を見た。
「姉さんはどうする?」
サラリと出た言葉を聞き流すことができなかった。梨夏は確かにこう言ったのだ、姉さん、と。冬木真冬が浅い溜息を漏らす。
「梨夏さん、さっきも言いましたが姉さんはやめてくれませんか?私の方が年上ではありますが、なんだかゾワッとしてしまいます。」
冬木真冬も自分より年齢が若い人の扱いに苦労しそうだ。美人で近寄りがたい印象ではあるが人が良いんだと思う。オレは話をしていてそう感じていた。
「姉さんがダメならなんて呼べばいいの?冬木さんだと距離感遠すぎね?真冬さん・・・仕事の先輩かっての。ウケる。」
梨夏が笑いながら冬木真冬の腕に抱きついた。
ずいぶん仲良くなったものだ。しかし、完全に梨夏のペースで事が運んでいる。その証拠に冬木真冬の表情の困惑の色が非常に濃い。ここは小春が助け舟を出すべきところなんだろうが、当の小春は我関せずの姿勢。微笑をパスタを作るオレを見ている。
「羨ましい・・・。」
この声はカウンターの内側のすごく近い場所から聞こえた。見なくてもエリがいったのは間違いない。
梨夏と冬木真冬を見て嫉妬するとか、問題はそこじゃねぇよ。
注文したパスタを食べ終わった小春と梨夏は、その後でデザートとカフェラテを注文した。すると、半ば強引に注文されたアイスカフェラテを飲み終えた冬木真冬が立ち上がった。
「それでは、そろそろ
梨夏が不満の声を上げた。けれど、冬木真冬はそれを完全に無視してレジに向った。エリがレジに着いた時、小春が冬木真冬に声をかけた。
「昨夜からご迷惑をおかけしましたので、この会計は私達が。」
その言を受けて冬木真冬が視線だけを小春に向けた。結い上げた長い黒髪が揺れる。
「いえ、お構いなく。」
冬木真冬はそれだけ言い残すとジーンズから財布を取り出して、会計を済ませて退店してしまった。
梨夏の態度を見ていると、先の話し合いで互いの状況を理解したのだろう。その上で、協力関係を結べたのかもしれないし、不可侵条約的な約束をしたのかもしれない。だが、冬木真冬の態度を見ていると、とてもじゃないが友好的とは言い難い。小春と梨夏、この二人を信ずるに値しない何かがあるのかもしれない。
オレから見れば三人共ただの若いお客さんなんだけれどね。
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