第23話

 カウンターに座った二人組、黒髪とオレンジ髪の梨夏はメニューを読み終えると、パスタを一皿づつ注文した。メニュー名を読むのに四苦八苦していたから、彼女達に注文決定を後押ししたのは写真だったんだと思う。カウンター越しにオレが注文を受けたので、伝票を書く前にある程度の工程を進め、その上で伝票に記載した。


 パスタを提供した後は二人和気あいあいと食べていた。その様子は普通の友達のそれであり、仲の良さがうかがえた。


 ラストオーダーが近づくにつれて会計をするお客さんが増え、その全てに対応したのはエリだった。その為、エリはレジとテーブル席を行ったり来たり。体がもう一つ必要なのではないかと思うような仕事量を一人でこなしていた。


 この場合は手伝っても良いのだが、オレにはキッチンの仕事もある。キッチン担当だからって料理だけしていれば良い訳ではない。業務内容は多岐に渡り、発注や在庫確認を含めたキッチン内のマネジメント。それ以外にも洗い物からカウンターに居るお客さんの対応などがある。やってみれば分かるが、これが結構たいへんなんだ。冷蔵庫に入れたって物は腐る。他の仕事をしていると在庫が少ないのを忘れる事だってある。


 エリにホールを丸投げする代わりに、仕事しながらではあるけれどカウンターの二人組をオレが受け持っていた。


 それをエリに告げた訳ではないけれど、店のルールと言うか効率を考えるとそうするのが当然だ。エリはオレの仕事のやり方を知っているので、タムさんならカウンターを見てくれるでしょう、そんな考えで仕事をしているに違いない。


 カウンターの状況と時間を気にしながら仕事を進める。


 特定の時間、すなわちラストオーダーの時間になったので仕事をする手を止め、黒髪とオレンジ髪の梨夏ヘ声をかけた。


「お話中すいません。ラストオーダーの時間です。追加の注文はございますか?」


 我ながら雑な言葉選びである。どうにも言葉がスルスルとは出てこない。


「どうしますか?」


 黒髪がに問う。問いかける先は当然隣に座っている相方、オレンジ髪の梨夏だ。


「私はいらないかな。」


 首を振って否を示すとオレンジ髪が左右に揺れた。黒髪は、そうですか、そう言った後でオレに目を向けた。


「それでは、私はカフェ・ラテのアイスを。それと・・・そうですね、パンナコッタをお願いします。」


 オレンジ髪の梨夏が驚いた表情で黒髪を見た。


「今の話の流れ的に小春も何も食べない感じじゃない。デザート頼むの?一人だけズルいわよ。」


「えっ、そうなんですか?ごめんなさい、話の流れを読むのが苦手なもので。」


 どうやら黒髪の名は小春と言うらしい。どうやらかなりマイペースな性格で、KY《ケーワイ》って単語が死語かどうかはわからないけれど、それが一番適切な表現だと思う。


 これを発端に黒髪の小春とオレンジ髪の梨夏が口論が始まったわけだが、内容は日頃から溜まっている梨夏の不満から、食べ物の好みや起きる時間まで多岐に渡った。とても入っていける様子ではなく、二人を見ていると痴話喧嘩は終わる気配を見せない。だからって仕事中のオレは黙って傍観していることもできない訳で。


「あのー、ラストオーダーはカフェ・ラテのアイスとパンナコッタでいいんでしょうか?」


 会話の間に割って入ると、小春と梨夏が同時に目を向けた。


 女性とはいえ、気が立っている二人に目を向けられると気後れしてしまう。それはオレがチキン野郎だからではないと思う。


「はい、それでお願いし・・・。」


「ガトーショコラとチーズケーキも追加。」


 小春の言葉に被せるように梨夏が言った。


 いまだバチバチの二人が睨み合う。このままでは再び痴話喧嘩始まってしまう。


「かしこまりました。すぐにご用意しますので、。」


 喧嘩をしないように言葉で釘を刺しておいた。


 オレはこんな事を言いたくはない。けれど仕方ない、店内には他のお客さんも居るわけで、二人が痴話喧嘩を始めてからチラチラ視線を集めていたんだから。当人達にとっては気にする事でも無い。だが、他人の口喧嘩なんてものは不快にはなっても愉快にはならない。二人が漫才でもやっているのならば別の話だろうけれど。


 二人の口喧嘩が再開され、店内のお客さんの退店ラッシュが始まった。エリはその対応に追われている。ラストオーダーがあるのなら早く持ってきてもらいたいのだが、お客さんを見送るのも大切な仕事だ。


 今のオレの一番重要なミッションは一刻も早くカウンターの二人を黙らせる事だ。


 三種類のデザートを用意しているとエリが戻ってきた。


「ラストでガトーショコラとカフェ・ラテのホット、これで以上です。」


「了解。」


 今しがたガトーショコラを冷蔵庫に入れたばかりだ。なんともタイミングが悪い。なんともやりきれない気分だけれど、笑顔でその感情を塗りつぶした。

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