第24話
翌日。お客さんの来店が落ち着いた時間になると梨夏と小春の二人が来店した。昨日と同じ時間だった。そして、それは今日に限った話ではなく、翌日も、その翌日も。どこかにタイマーでも着いているのではないかと疑いたくなるほど、毎日同じ時間に来店した。ラストオーダーの一時間前。来店すると決まってカウンターに座って食事をしていた。
店主としてはいつも来店してくれるお客さんは大いに歓迎すべきだ。
それが数日間続いたある日曜日。この日も決まった時間になると二人が来店した。もはや顔見知りになったオレと簡単な挨拶を交わした。
「今日もいつのヤツをお願いします。」
小春がいつも通りの丁寧な口調で注文する。
「私も。」
続いて梨夏が注文の文句ではない言葉で注文を終えた。相変わらずノリが軽い。
二人が来店するようになってから日は浅い。本来ならば常連客のような注文のしかたでは注文は通らない。しかし、いつもカウンターに座って同じパスタを注文していれば暗記が苦手なオレだって覚えてしまう。反復って奴は恐ろしいのもだ。
「すぐ用意しますね。これ、ランチの余りだけど食べて待ってて。」
ドレッシングをかけたミニサラダを二人の前においた。余りだからって明日使えないものでもないし、もちろん食べてもなんら問題はない。
もう顔馴染みって事もあり、オレも若干タメ口になっている。
「ありがとうございます。」「感謝でーす。」
二人の声が重なった。そして、同時にフォークに手を伸ばす。
しっかりした言葉でお礼を言わない梨夏に対して小春が小言を漏らす。そんな小春の小言に反発する梨夏。仲が良い友達ではなく、母と娘の関係に近い会話だ。当然娘役は梨夏である。
そんな二人の話を聞きつつ調理に入った。
今日はお客さんも疎らでエリも暇そうだ。それならこの二人もエリが接客すれば良いだろう。けれど、エリはそれをしない。仕事を放棄している訳でもないし、梨夏と小春が苦手とは言っている訳でもない。単純にカウンターに座っているのだからとオレが接客担当になっているだけだ。
・・・本当にそうだろうか?
二人はいくつかのパスタを食べた上で、数日前から同じ物を注文するようになった。小春はサーモンとホウレン草のクリームソース、梨夏は鶏挽き肉のラグーソースが好みらしい。
パスタを二つ作るだけなのでそれほど時間はかからない。あらかじめ準備もできているので当然だ。注文してからモタモタしている人が作ったパスタが美味しそうかを考えれば、どう動くのが正解なのか見えてくる。この店はオープンキッチンなのでそれは意識して仕事しなくてはならない。
「はい、お待たせ。ほら、喧嘩してないで早く食べなさい。」
口喧嘩をしている二人をお父さんのような口調でなだめつつ、各々の前にパスタを置いた。二人がむくれながら同時にパスタに目を向ける。息はピッタリだ。
二人が同時にフォークをパスタに入れた時だった。
「あら、こんな時間に珍しいじゃない。」
来店を告げる鈴の音が聞こえ、エリが親しい友人に話すような声が聞こえた。ラストオーダー前に誰が来たのだろう。入口の方へ目を向けると、レジ前にエリの姿があった。
「先ほど仕事が終わりまして。寝る前ですけど小腹を満たそうと思いまして。まだ時間は大丈夫ですよね?」
入ってきたのはモデル顔負けの美人、冬木真冬だった。服装はジーンズと白いシャツの普段着。一度家に帰って着替えてきたのだろう。
「ラストの時間が近いけれど、すぐに注文してくれればタムさんも渋い顔しないと思うわ。」
エリが笑顔で告げていた。オレは渋い顔なんて一度もしたこと無いんだが。知らない間に表情が渋くなっているのだろうか、気を付けなければ。
エリに促された冬木真冬がカウンターへ向かった。彼女が来るといつも座る場所。小春と梨夏が座っている場所とは反対側のカウンターの端である。
エリがメニューを冬木真冬に渡した。その間にオレはグラスに水を注ぎ、冬木真冬の前に置いた。
「こんばんわ。お腹が減っちゃって、ここのパスタ食べたくなっちゃいました。」
嬉しい事を自然に言ってくれる。その上オレに向けられた眩しい笑顔。この笑顔だけでオレの中に巣食う邪気を祓っているのではないだろうか。
そんな冗談はとりあえず置いておくとして、先に仕事を終わらせてしまおう。
「今日は何にします?」
そう聞いた時、冬木真冬はメニューを開いたばかりだった。すでにどこを開けば目的の品が記載されているのかわかっているようで、冬木真冬が開いたページには数種類のパスタが書かれていた。
冬木真冬はニコリと笑顔を見せた。
「すぐに決めますので少々お待ちを。」
そう言ってメニューへ目を落とした。
冬木真冬の注文が決定する間手持ち無沙汰だ。でも、すぐに注文が入るのにキッチンの片付けを始めるのは愚行。ならば何ができるのか?不意にカウンターで食事をしている二人を見た。小春と梨夏は真剣な顔で冬木真冬へ視線を向けている。だが、フォークの先端を口に入れたままなのが阿呆さを演出している。
美人に目を奪われたのだろうか。その気持ちは分からんでもないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます