第25話
オレの手が軽快にフライパンを煽る。すると、パスタが踊ってソースを纏っていく。パスタの硬さを確かめつつ、ソースの濃度を調節するために少しお湯を加えた。その上でソースを上手く乳化させていく。
今日はこれにします、そう言って冬木真冬が指さしたのは生ハムとプチトマトのペペロンチーノだった。オレが好きだからと簡単な理由で取り入れたメニューで、家でパスタを練習した時に頻繁に作った思い出のパスタでもある。
パスタを巻くようにして盛り込み、その上に火が入って温かくなったプチトマトを乗せる。最後に生ハムとオリーブオイルを飾って完成。
我ながら上出来だ、自画自賛しつつ冬木真冬に提供した。
「はい、おまたせしました。」
冬木真冬は眼の前に置かれたパスタを見て笑顔になった。その後はオレを見もせずに感謝の言葉を告げ、すぐにフォークに手を伸ばして食べ始めた。
美人の食事風景を眺めるのも良いのだが、ラストオーダーも終わったので片付けでも始めようかね。
もう使用しないガス栓を閉め、先ほどパスタで使用したフライパンを洗う。その後はエスプレッソマシーンとコーヒー周りの処理をした。普段はそうするのだけど、今日はイレギュラーが発生した。
「マスター、ちょっと。」
声をかけられた。マスターなんて呼ばれたのはいつ以来だろう。しかし、今そんな事はどうでもいい。声が聞こえた方を見るとオレンジ色が目に飛び込んできた。
「なんでしょうか?」
カウンターの端に座っている二人組に声をかけた。すると梨夏がひそひそ話でもするようにオレに顔を寄せる。いったいなんだろうか?オレも耳を寄せた。
「あの人って・・・何?」
梨夏が指をさしているのはカウンターの反対。そこにいるのは黒髪の美人、冬木真冬は嬉しそうにパスタを食べている。だが、オレの目の保養に対して何とは失礼な物言いだ。
「冬木さんの事か?美人でしょう、外人のモデルみたいですよね。」
冬木真冬はカウンターに座ってるだけでも華がある。
だが、冬木真冬について知っているのはその程度の事。後は仕事について・・・だが、邪気を祓う者だと伝えて理解されるだろうか?いや、十中八九無理だな。なぜなら祓い屋って仕事が世間に認知されていないのだから。
「そう・・・。」
二人は冬木真冬を見ながら同時に呟いた。それから二人はオレが理解出来ない言葉で話し始めた。ちなみにオレは語学に疎い。二人の言葉を冬木真冬も理解できてはいないようだ。いや、冬木真冬は聞いていないと言ったほうが正解だろう。
険しい表情で話し合う二人の反対側には幸せオーラ全開の美人。カウンターの両端で雰囲気がまるで違う。野球でギリギリでコールドゲームを免れている試合の両ベンチを見ているような・・・だめだ、この例えば伝わりづらいな、忘れてくれ。
二人の雰囲気は容疑者を見つけた警察のそれだ。実際に見たことはないけれど、ドラマではこんな感じだった。現実でこんな雰囲気の人達が近くにいたら警戒しない方が難しい。けれど冬木真冬はそんな二人の様子に気付かないのか、変わらない調子でパスタを口に運んでいた。
今後の展開が気になるような、それでも店内で面倒事は控えてほしいような。微妙な心持ちである。
先に動くのは十中八九小春と梨夏の二人だろうと予想していた。案の定その予想は的中する。二人の会議が終わり冬木真冬へ視線を向けた。何か起こるのではないか、オレの緊張の糸が張り詰めていく。
立ち上がった二人。そして、小春がオレを見る。オレは思わず唾を飲み込んだ。
「お会計を。」
「・・・あちらへどうぞ。」
指し示した先ではエリが手を上げていた。オレの緊張感は何処へやら。張っていた気が急激に緩んでしまった。
会計を済ませて店を出る二人をボーッと見ていた。
「どうしました?」
声の方へ視線を向けると冬木真冬が心配そうに見ていた。彼女の前の皿の上が綺麗に無くなっている。今は表情が緩んでいない、パスタを完食したからだろうか。
なんと言えば良いか言葉に詰まる。
「いえ、別に。」
オレの素っ気ない返答を受けた冬木真冬は気を悪くするでもなく、そうですか、と二人が出て行ったドアを見た。
片付けに取り掛かろうとした時、冬木真冬がこちらを向く。
「あの二人とは、随分仲が良いんですね。」
口元と違って目は笑っていない。
「いえ、そんな事は。最近よく来るんですよ。」
再び、そうですか、と呟いた。各自それぞれいろんな思惑がありそうだ。だが、オレの立場で関与できる事など一つもない。
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