第6話

 エリがメニューを手渡すと、美人のお客さんは笑顔でそれを受け取った。


 カウンターを選んだのは一人だったからだろう。自分の経験に基づく統計では、日本人は一人であってもテーブル席を好むお客さんが多い。たぶん広い席に座りたいって心理があるのだろう。お客さんは美人さんだけで空席しかない。望めばテーブル席にだって案内できる。カウンターに座るのが好きならば構わないが、そうでもなければわざわざカウンターなんて選ばない時に思う。目の前でガチャガチャと動いてる人がいると落ち着いて食事ができないしな。もしやオレに一目惚れ・・・それは無いな。仮に可能性の話でも、そんな話をエリにしたら大笑いされてしまうだろう。


 美人の女性はメニューへ目を落として隅々まで黙読している。あまりマジマジと彼女の事を見ていると不快に思われるかもしれない。急かす必要も無いので仕事の続きをする。タスクをリストアップし始めた。ホワイトボードに書き込んでいくのだが、カウンター正面の冷蔵庫に付いている。お客さんに背を向ける事となるが、その分エリがお客さんの対応をしてくれるだろう。


 冷蔵庫の中を見たが、大きく在庫を減らしている物はない。だが、今後の事を考えて明日から少しずつ何かを仕込んでいこう。そうなると、先にランチの内容を考えるべきか。


「すいません。」


 背中を向けている美人の声だろう。はーい、エリの軽い返事がした。おそらくパスタの注文が入るのではないか。何故かそんな気がした。


 パスタの茹で湯が減っていないか確認する。


 すると背中で、それではご用意しますね、エリの声がした。エリが伝票に注文内容を書き記す音がした。


「それでは、カウンターの一名様の注文です。」


 オレが方へ目を向けると、エリは注文の内容を読み上げた。



 皿にパスタを盛り込む。注文されたのはボスカイオーラ。そもそもボスカイオーラは木こり風の名が示す通りキノコがメインの食材として使われたソースだ。店によって色が出るソースである。


 ちなみに、この店のレシピではトマトソースとツナを加えている。


 盛り込んだボスカイオーラに荒く刻んだイタリアンパセリをのせ、最後にエキストラヴァージンオリーブオイルを一回し。


 これでよし、オレは小さく息を吐いて張り詰めていた気持ちを緩めた。


「お待たせしました。」


 オレはエリを介さず直接美人へパスタを提供する。


 相手が美人だからって下心がある訳ではないぞ。近い位置に居るんだから仕方ないじゃないか、言い訳としてはこんな感じで良いだろうか?


「ありがとうございます。」


 丁寧な言葉でお礼を述べた美人がオレに微笑む。まるで太陽のように眩しい微笑みだった。オレは思わず目を背ける。


 目を背けた理由?その答えは簡単だ、彼女の微笑みは眩しすぎて日陰者のオレには直視できない。あのまま見ていたら目が潰れていただろう。


 不快に思わせてしまっただろうか?そんな事を思って美人へチラッと目を向ける。彼女はオレの事など意に介した様子もなくパスタをフォークで巻いていた。自意識過剰だったのだろうか。まぁ、元から女性と話すのは苦手だけど、美人のお客さんを前にして意識しないで緊張していたのだろう。


 使用したフライパンを洗う。それから洗い終えたフライパンの水を布巾で拭った。その間、視界の端でエリがオレを見ているのに気づいた。何故かその視線が気になってエリに目を向けた。


「何か?」


「別に。」


 短い返答をしたエリが微笑んだ。


「そっか。」


 この微笑みの意味は何だろうか、オレはキョトンとエリを見ていた。すると、目をそらさないオレを見ていたエリが不満顔になって目を反らした。


 オレはエリに何か悪いことをしたのだろうか?その不満顔の意味がオレには分からないぞ。


 それから数日、この美人さんは毎日同じような時間に店に現れるようになった。この店を気に入ったのだろう。気に入ったポイントがどこにあるのかはオレには分からない。彼女は来店すると必ず同じ席に座った。そう、カウンターの一番端の席だ。二、三日は美人が来店すると緊張したものだ。しかし、それ以降は見慣れたもので、凄い美人だろうとお客さんの一人だと思えるようになった。美人は三日で見慣れるとはよく言ったものだ。


 エリは美人が来るたびに笑顔で対応した。二人は次第に世間話をするようになる。エリのコミュニケーション能力の高さに関心するばかりだ。


 オレは芸能関係はあまり詳しくない。だが、背の高さ、スタイル、顔、どれをどうとってみても彼女の職業がモデルだと告げている。逆にモデルじゃなきゃ何をやっているんだって話だ。


 彼女の名前と職業を知るのは少し先の話で、オレとこの店はこの超絶美人に救われる事になる。

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