第15話

 本日の営業も終わりをむかえ、締め作業の一環としてお金のチェックをしている。エリはさっさと仕事を終わらせて帰ってしまった。


 オレもまたこれが本日の最後の仕事である。


「よし、今日も差異は無し。」


 金庫にお金を入れて蓋を閉じた。


 レジ金にズレがないのは仕事を任せている人間がしっかり仕事をしている証拠。仕事を任せられる人間は貴重。そして、それを継続できる人間もまた貴重だ。雇主としてエリには感謝しなくてはならない。


 金庫を所定の場所へしまった。その場所の隣には忘れ物が置かれている。数点の忘れ物がある。持ち主からの連絡もない為放置された物達。一点が目に入った。すでに忘れかけていた物、黒革の本は酷く異質に見える。


「未来を書き記した本・・・か。」


 この本を見つけてから、オレの周りで妙な出来事起こっている。いや、その前夜公園で見た撮影?異能力バトル?どちらでもいいが、それが始まりだったと思う。


 それでも、この本にはこれから起こる出来事が書いてあるのは妙だ。そんな物が発明されたならネットニュースに出回らない訳がない。これに書かれていたようにクロコが喋りだしたのは偶然だったのか?そもそも、偶然で猫が喋りだすってなんだ。例えば、この本が占いの類と仮定したとして、前日まで無かった文字があったのも不思議だ。


「クロコと話していると思い込んでるだけで、頭がイカれちまってる。その可能性もなくはないよな。」


 呟いた可能性は全力で否定したいものだった。猫と話せます、そんなことは言えるはずもない。風邪を疑われた後は精神病院へ行くことをすすめられるだろう。


 それはただの気まぐれ。自分でも認知していない何らかの感情が働いたんだと思う。いや、そうしなければならないと思ったんだ。


 黒革のカバーの本を手に取った。


 これから先の自分の未来なのか展望なのか、とにかく先の事が記されているのは事実。いったい何が書かれているのか気になったのだ。


 占い本を見るような、そんな軽い気持ちで本を開いた。


 最初のページから読み始める。だが、すぐに違和感を覚えた。その根源がどこにあるのかまでは把握できておらず、数ページ先まで読み進めた。それでも違和感が拭えないオレは最初のページまで戻った。


 そこであることに気付く。


「このページ、今日の日付だ。」


 そう、日付が今日のを記している。しかし、一昨日の朝に開いた時はこのページには一昨日の日付で記されていたはずだ。それなのに何故?内容を読む。


「今朝の出来事が書かれている。」


 無意識に声に出た。


 占いにしては書かれている事が詳細で的確過ぎる。今現在、この本を読んで驚いている事も書かれていた。次のページを読むと、明日の朝エリにコーヒーを入れてもらう事も、昼に大久保が来店する事も。ページを捲らなくても分かる、次のページには明後日の事が書かれているに違いない。


「大久保、また来るのか。」


 口にしてみたが、問題はそこではない。


 行動が読まれていることに気持ち悪さを覚えた。最初に開いた時に白紙だったページに記載があること。もし、誰かがかこれを書いているのだとしたら一体誰が何の目的だろうか。まさかエリがこれを?いやいや、彼女は忘れ物に未来予知を施すような性格ではない。・・・そもそも未来予知を施す性格ってなんだ、占い師でもあるまいし。面接の際にエリはそんな事一言も言わなかった。だが、本物の占い師ならばそれを隠すのか?・・・それは今考える内容ではないか。


 あぁ、頭がごちゃごちゃしてきた。


 忌々しく感じて頭をかく。それで気分が落ち着く訳でも疑問の答えが導き出される訳でもない。


「やっぱりこれ、予言書だよな。」


 素直に思った事が口から出た。


 予言の書にしては範囲が限定すぎやしないかね。過去にそんなネタを組み込んだ漫画があった事を思い出した。


 ページを捲り、翌日起こるであろうページを読んだ。特に変わった内容の記載は・・・パッと見た感じ特出した内容はなし。明日は平穏な日常は守られるらしい。次の日はとページを捲り、内容を確認してオレは手を止めた。


 氷刃の巫女・冬木真冬に助けられる。


 時系列的に仕事が終わってから。明後日の今の時間かその後。冬木真冬って名前の人物をオレは知らない。そもそも氷刃の巫女ってなんだ。それに、助けられるって言葉も引っかかるポイントだ。


「氷刃の巫女・・・。」


 この黒革のカバーの本が見つかった日の帰りに目撃した光景を思い出した。遠目で見たけだが赤のパンツと白の上着の背の高い人物。遠目で見ただけだから判別できなかったが、あの人が持っていたのは刀だったのではないか?もし、あの人が巫女であったなら。


「オレはあの大きな影に襲われるって事なのか?素直に嫌だな。」


 考えただけで首筋が寒くなってきた。オレは一般人だ。あんな訳も分からない奴に襲われでもしたなら。


「生きている自信ないな。」


 この黒革のカバーの本のここから先を読んで悪い事が書かれていたなら、その時間が恐ろしくなって夜も寝れなくなってしまうかもしれない。オレは本を閉じてしまった。


 単純に臆病風に吹かれたのだ。


 頭から離れない記憶の中の大きな影。それを振り払うように頭を振った。今できる事を一つずつ。早く帰って、とりあえずご飯を食べる。当たり前だが今はそれしかできないのも事実だ。

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