第31話
黒い影が消滅していく。ヒーローが悪を討ったのだ。ヒーローよりもヒロインと言った方が正解だろう。
「よし、いい火力。焼却完了っと。」
炎と風が合わさって柱のように立ち上った炎が消えた。まるでオレの店が大炎上したような光景になっていただろう。消防車を呼ばれないか心配だ。
オレの目に見えるのは女の子の背中。赤と白を基調とした服。それに、夜でも分かるオレンジの髪。
「大丈夫ですか。何処かお怪我は?」
オレにかけられたのは落ち着いた声だった。視界に入ってきたのは黒髪の女の子。こちらはとんがり帽子とマントを身に着けている。
小春と梨夏。半信半疑ではあったが、二人が来てくれるのは分かっていた。目に映る二人の姿は普段見ている彼女達とは違っていた。二人の容姿が違う訳ではない。梨夏は相変わらずギャルだし小春はいつも通りのお嬢様。それでも着ている服が服だけに、今のオレの思考では処理しきれないでいた。
どう見ても梨夏は魔法少女で小春は魔法使いだ。
冬木真冬が巫女だった時も驚いた。けれど、それとは比べ物にならない程の違和感・・・いや、衝撃がある。
「小春ー、アレが発生した場所はマナが薄くなってオドが乱れるって言ってたじゃん。たぶん、その人すぐには動けないよ。」
マナだオドだとファンタジーの世界じゃあるまいし、日常的にそんな言葉を使うんじゃない。まるで魔法なんて存在があるみたいじゃないか。
「ですが、このまま放置してはこの方も風邪を引いてしまいます。お休みしていただくとしても場所を変えるべきです。」
魔法使いの装いの小春の手がオレの肩に触れた。この娘は優しい子だ、オレが十数年若かったら惚れているところだ。
「だったらアレでいいんじゃない?」
梨夏が魔法少女らしからぬヤンキーのような仕草で何かを指している。首すら動かせないオレにはそれが何なのかすら分からない。
その後すぐ、オレは十も半ばの女の子二人に担がれて運ばれる事となった。ある一定の人々には需要がありそうなシチュエーションではあるが、オレとしては恥ずかしい事この上無い状態だった訳で。逆に四十手前での初体験を喜ぶべきなのかね?
梨夏が刺したアレとはオレの車だったらしい。ドアをロックする余裕は無かったのでドアはすんなり開いた。オレは二人の女子に車に担ぎ込まれた。
オレが彼女達を車に担ぎ込んでいたら誘拐犯で通報されてもおかしくはないけれど、この場合は端から見るとどのように映るのだろうな。的確な言葉を探すと一つ思い当たる言葉が。そう、強いて言うならおやじ狩りだろうか。自分の中から出てきた言葉に涙が出そうだ。
後部座席に座らされ二人に挟まれる形となった。魔法使いと魔法少女に挟まれるなんてとてもレアな体験だ。あぁ、全然うれしくないこの感情はなんだろうな。それに、昔ヤンチャをして警察にお世話になった時の記憶がフラッシュバックする。
以前よりも多少は体が慣れたのか体の状態が良くなってきた。ダルさは依然として抜けていないので完全回復にはまだ時間を要する。
「も、申し訳、ないね。助けて、も、もらって。」
ガサガサで聞き取りづらい声。苦しさを押し込めるように言葉を発した。
「少しは落ち着きましたか?」
小春の声からは優しさが溢れている。それと引き換え・・・。
「オジサン、もう話せるの?ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
梨夏の声からは優しさを微塵も感じなかった。今の状態で彼女の相手をするのは正直苦しい。
先は警察に例えたけれど、今度はキャバクラのような状態になった。キャバクラでは男性がメインで話をして女の子は聞き役になることが多い。しかし、このキャバクラ・・・いや、二人は矢継ぎ早にオレに質問を投げかけてきた。やっぱりこれは尋問だ。当然、今のオレはその質問全てに返答できるような状態になく、最初の数回だけ返答して後は質問を浴びせられるだけとなっていた。
「ねぇ、オジサン聞いてる?ウチら聞いてるんだよ。答えてくれなきゃわかんないじゃん。・・・って、よく見たらマスターじゃん。ここで何してんの?って私達が助けたんじゃん、ウケんだけど。」
手を叩いて笑う梨夏。
そこまで面白い話などしていただろうか。オジさんには理解不能だ。二人の声が耳に入っていない訳ではないけれど、今は頭の中がボヤッとしている。自覚できるほど思考速度が低下している。そんな頭では矢継ぎ早な質問全てをを理解しきれなかった。
だからオレは思考を停止した。だからと言って、オレを質問攻めにしているのは二人の女の子だ。ちょっと、聞いてるんですか?そんなセリフを言われたことがある男は多いだろう。ボーっとアホな顔をしていたら後々面倒な事になるかもしれない。その言葉を回避するために、オレは聞いているような顔をして聞き流していた。二人の質問攻めが終わるのを待つ。
体の調子も徐々に良くなり、大きく息を吐いて二人を見た。オレにもよく分からないことが多いんだ、そう言おうと思った。だけど、出てきた言葉は全然違うものだった
「すまん、聞いてなかった。・・・ん?」
オレ自身も口から出た言葉に驚いた。すると、小春と梨夏、二人の顔が明らかな不満顔へと変わっていく。
今更間違いだと言ったって二人は納得してはくれないだろう。さて、どうすっかな。
オレは不満顔が完成した二人に精一杯の笑顔を向けて、この状況を打破すべく思考を巡らせた。
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