第32話
小春と梨夏には感謝を述べ、その後で今夜の状況を説明。もちろん予言書については触れていない。それと、光のナイフについては冬木真冬にも話していないから触れずにおいた。この二人ならば何らかの情報を持っているかもしれない。しかし、こちらからの情報開示はなるべく最小限にしておこうきたい。冬木真冬への対応を見ていると敵である可能性は極めて低いのだが。それでも、この二人が味方では無いことは考えておく必要がある。
「今夜の件、貴方は巻き込まれただけと。」
小春がオレの話を要約する。彼女の静かな話し方に妙な威圧感を感じた。それは服装のせいかもしれない。
「そうですか・・・ふーん。」
小春はなんとも煮えきらない感じだ。顎に人差し指をあてて思考する仕草。
「小春、そもそも論だけど、なんでアレはマスターを狙ったのさ。一般人じゃん。」
オレを挟んで反対側にいる魔法少女、梨夏が身を乗り出して小春に話しかけた。小春は思考を中断した。
「それは分かりません。マスターさんからは妙な感じを受けますが、人としては普通であると言えます。冬木さんほど魂の力が強いのでしたら黒い影が取り込もうと考えるかもしれませんが。」
オレを挟んで話が進んでいく。
要はアレだな。使徒からn2機関を取り込んだ某巨大人造人間と同じような事をしたい訳だ。強い魂を取り込めばそれだけ強くなる的な、漫画の読みすぎではないかと思いたくもなる。けれど、小春は真剣そのもの。これが演技ではない保証はないが、彼女が冗談を言っているようには見えない。他者の魂を取り込んで強くなる、それが普通でないことは一般常識である。
そもそも現代医療では魂の存在を立証することはできていない。
死後に体重が僅かに軽くなるって話はあるけれど、一キロに満たないモノが魂の重さならば軽すぎると言わざる終えない。
「そんな理由で、あの黒い影がどうしてマスターさんに狙いを定めたのかは分かりません。私達が認知していない事があるのでしょう。」
「それならアレが出現する度にマスターを助けなければならないって事?えー、それってかったるくない?」
「だからって放おっておけないじゃないですか。」
オレの事を話している。たけど、二人の間にいる話題の主を置き去りにしたまま二人が口論を始めた。
ど、どうしよう・・・凄くこの場所は凄く居づらい。
ここは勇気を振り絞って二人を止めるしかない。
「あのー・・・。」
二人の間に割って入るように手を上げてみた。ボクシング世界戦のラウンド終了時のレフェリーの気分だ。しかし、ここで起こっているのはスポーツではない。
「は?」
梨夏がヤンキーさながら、機嫌悪いんだから話しかけんなオーラ全開の声を出した。一方の小春は普段の落ち着いた雰囲気で・・・いや、彼女からも黒いオーラが見え隠れしている。上手く隠してはいるけれど分かる。
案外、冬木真冬が祓っている邪気って奴は彼女達が元凶なんじゃないか?
左右にいる女の子が滅茶苦茶不機嫌な目をオレに向けてくる。オレはこれ以上何も言えずに手を下ろすしかなかった。
部屋のドアを閉めて施錠すると、オレの意思に反して深い溜息が口から漏れた。ここ最近溜息の回数が増えている。
「おかえりなさい。どうしたの?遅すぎじゃないかしら。」
背後からクロコの声がした。
今度は飼い猫に問い詰められるのか、そう思うとまた溜息をつきたい気分になってくる。だけど、そんな気分は腹の中に押し込めた。
「あぁ、ちょっとあってな。」
あの後、車の中で起こった小春と梨夏の口論は続き、オレはその間何も言えずに黙って二人の間で座っていた。早く終わってくれ、そんなオレの願いは叶う事なく彼女達の口論は二時間ほど続いた。オレの腹が空腹を告げる音を鳴らした時、やっと二人の口論が終わった。まるでゴングのように。結果はスコアレスドローといった感じ。
御座なりな返答をして照明をつける。クロコは居間の入口付近に座っていた。
「詳しくは聞かないけれど、タムに何かあったのかと心配しちゃった。でも、帰ってきた。無事そうだし、顔を見て安心いたわ。」
クロコが目を細めてオレを見上げた。
まるで笑顔を向けてくれているようで、疲れてやさぐれた心が安らぐような感じがした。
今日はもう遅い。食事をして早く寝てしまおう。
「さぁ、早く私のご飯を用意しなさいな。」
まぁ、クロコだし・・・安らぎなんて感じて何だか恥ずかしいな。
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