第33話

 昨夜起こった事が何を意味するのか、その答えが分からないままランチの営業を終えた。気分としてはモヤモヤが九割りを占めている。


 そんなオレの気分なんて察する事のない二人組は今日も普通に来店した。遅い時間まで拘束されたとは言え、オレは何ら被害を受けた訳ではない。彼女達には罪悪感なんてないに違いない。


 今は普段着だ。梨夏に関しては私服も派手であるため、若干浮いている感は否めない。


「マスター、いつもの。」


 着席する前に注文を終える梨夏。


 オレンジ色の少女は今日も笑顔満天。陰キャなオレとしては、彼女の見るとどうしても気後れしてしまう。


 小春も梨夏に続く。


「私もいつもと同じ物をお願いします。」


 すっかり常連気分である。


 二種類のパスタを作り終えて提供した。すると、二人はシンクロした動きでフォークに手を伸ばした。パスタにフォークを入れるタイミングも、フォークに巻きつける速度。そして、巻き付けたパスタを口に運ぶタイミングまで揃っている。


 よく練習したダンスユニットを彷彿とさせる。だが、二人の正体は魔法少女と魔法使い。ダンスとは無縁だ。


 口に運ぶ量も同じだったので、二人が食べ終わるのが同時なのも必然だった。


「私、カフェ・ラテ飲みたい。」「食後はカフェ・ラテを。」


 二人の口調は違えど、これもまた同じタイミング。注文を受ける意を伝えてエスプレッソの抽出に入った。


 カフェ・ラテを提供するまで談笑していた二人。一声かけて二人の前にカフェ・ラテを置く。すると、やはり二人は同じタイミングと仕草でカップを口に運んだ。そして、カップをソーサーに置いた音も二つ重なった。


美味うまい。」「美味しい。」


 言葉は違えど一緒に言葉を発する二人。これは何かの訓練なのだろうか、そう疑いたくなる。


 エリはいつも二人にはあまりこの二人に近づかない。その理由は分からないけれど、苦手意識があるのだろう。オレだって(主に梨夏に対して)気後れするのだからしかたない。現在もレジと客席を行ったり来たり。確かにこちらに戻って来るタイミングで会計をお願いされたから仕方ない話と言えばいそうだが、二人が来た時はいつもエリはキッチンに戻って来れないのは、彼女が故意に二人を避けているのではないか疑惑がある。


 そんな事を考えつつ仕込みをしていた。


「マスターさんは体調に不具合はなさそうですね。」


「タフだよね。」


 オレは顔を上げるとカウンター越しに声をかけてきた小春と梨夏の二人を見た。オレの体調の心配をしてくれるのは素直に嬉しく思う。この仕事をしてると勤続疲労と言うべきか、自覚のないまま体に不具合が出てくる。オレの体だって例外ではない。


 だけど、小春が言いたいのはそんな事ではないのだと思う。


 きっと昨夜の件で常人では体調に何らかの不具合が出るのだ。これはオレの推測でしかないけれど。


「少しでも疲労感があったら言ってください。」


「疲労感ですか?そうですね、腰が多少張ってます。後は・・・。」


「いや、そうじゃないって、おっさん。」


 マスターからおっさんに格下げをくらった。冗談で言ったつもりだったが、どうやら本気にされてしまったらしい。


 この歳になって他人からおっさん呼ばわりされるのは心に来るものがある。オレの年齢はまだ三十八、世間的にはまだ若い。だが、オレが二人の年齢だった頃に三十八歳の男性の事をおっさんだと思っていなかった自信はない。


 小春と梨夏の二人が言う体調不良がどんなモノなのか分からない。けれど、ここまで来て心配されるとなると、過去に彼女達が助けた人の中には酷い状態になった人がいたっのだ。その初期症状が疲労感。コレは推測の域を出ない。


 なんだかインフルエンザや感染症の類みたいだな。


「そのへんは大丈夫だ、変な疲労感もありませんし。感染症で病院にお世話になった事もないんで。」


 そう言って笑って見せた。しかし、オレの言は的外れだったようで、梨夏が露骨に渋い顔を見せた。


「インフルエンザとかコロナの話をしている訳じゃないんだ。アレに襲われた人間の八割は・・・。」


「梨夏。」


 梨夏はオレに何かを忠告したかったようだ。しかし、それを小春が止めた。


 梨夏が小春の顔を見る。小春は静かに首を横に振った。余計な事を言わないで、そう言っているようにも見える。それを見た梨夏は小春の考えを察して話を止めた。なんだか置き去りにされた気分で、二人の態度に不気味さと多少の不満が残った。


 オレに不満があろうが無かろうがあれやこれやと考えたところで答えなんて出ない。今はそれを頭の片隅に置いておくに留めよう。判断材料も思考するだけのデータもないのだから仕方ない。


 その後、言葉を発したのは小春だった。


「色々ありますが、体調に異常は無いようですね。それは何より。」


 強引に話を収束させた感が否めない。余計な情報を与えると巻き込みかねない、それが小春の考え方なのだろう。梨夏は違う考え方をしているようだが、二人のブレーン役は小春の方らしい。梨夏は大人しく引き下がった。


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