第34話
話がなんとも煮えきらない状態で収束してしまった。二人の痴話喧嘩を見せられただけと言うか、普段通り生活する以外の選択肢は無いらしい。
余計な事は考えるな、誰かにそう言われているのかもしれない。信心深くないオレとしては、そんな事を言っている奴に文句の一つでも言ってやりたい気分である。
カフェ・ラテを飲みつつ小春は文庫本を開いて活字を追い、梨夏はスマートフォンを取り出して画面を指でなぞっている。先程までのシンクロした動きが嘘のようにバラバラの行動をしている。
カウンターの端に陣取る小春と梨夏の反対側、いつもは冬木真冬が座っている辺りにエリが座っている。先ほど休憩に入ったのだ。そして、オレは今、エリの賄のパスタを作っている。
しばらくするとタイマーが鳴った。オレは茹でカゴの中身をフライパンに流し込み、火にかけつつパスタとソースを合わせていく。
「はい、お待たせ。」
盛り込み終えたパスタをエリの前に置く。すると、エリからは感謝の言葉が返ってきた。
何の変哲もない会話。オレが望んだ店の雰囲気はこの程度のものだ。
エリは小春と梨夏には話しかける事もせず、一人で静かに食事を始めた。エリのパスタが残り半分程になった時だった。
「梨夏、そろそろ時間ですよ。マスターお会計をお願いします。」
小春が立ち上がった。梨夏もそれに続く。エリが休憩中であるためレジ対応するのはオレ。仕込みの手を止める事となった。
いつも二人の会計は小春がまとめて支払う。梨夏は小春の後ろに立っているだけ、梨夏の財布の中身は何も入っていないのだろうか?そんな事を考えてしまう。それとも魔法少女や魔法使いって職業は何らかの組織に属していて・・・そんな俗世に染まった事を考えてみたけれど、そもそも小春に領収書を渡した記憶は無い。
そう考えると、梨夏の存在が不思議に思えてきた。
梨夏は男の娘と言った感じではない。梨夏と小春が恋仲と推測できなくはないけれど、梨夏はともかく小春が女性と絡んでいる場面には遭遇したことは無い。梨夏だって恋愛対象が女性ならばエリに声をかけているのではないか。そう考えると、二人が付き合っていると憶測するのは軽率と言っていい。それならば、梨夏は小春のなんだ。・・・ヒモ?
「ねぇ、おっさん。ボーっとしちゃってどうしたのさ。私の顔に何かついてる?」
オレの思考が仮説を立てたタイミングで梨夏が声をかけて来た。今日はおっさんって呼び方をやめる気はない事だけはわかる。
梨夏の事を考えていたので無意識に彼女の事を見ていたようだ。梨夏の顔に何か着いているかと言えば、特殊メイクのように化粧が塗られている。そんな事を口にしては怒られてしまうだろう。もしかすると派手な顔立ちをしているだけで、これでも薄化粧をしているだけなのかもしれない。
「いえ、失礼しました。少しボーっとしてしまいました。」
梨夏もまさか自分の事を考えられていたなんて思いも寄らないだろう。オレは思考をすぐに停止、梨夏本人にそれを悟られないように表面上繕った。
「私が美少女だからって見とれるこたぁないよ。おっさんならいつでも話し相手になってあげるからさ。」
自分を美少女と評した梨夏にツッコミを入れるべきか、オレは瞬間的に迷った。そこでオレが出した結論はスルーだ。触らぬ神に祟り無しだ。梨夏は誰が見ても基本的に可愛いと感じる顔立ちをしている。それでも、それを自覚して自分で言っては自信過剰。痛い女として扱われてしまう可能性がある。
これを彼女の冗談として流すのが一番良い選択だ。それに、今は店主とお客さんの関係。それを踏まえると、まずはお客さんに失礼があってはいけない。
「梨夏そろそろ行きますよ。」
静かな声で言ったのは相方の小春。梨夏の言葉が聞こえていないかのよう。見事にスルーをして店の出入り口に向かった。
さすが相方だ。扱いに慣れを感じる。
「またね。」
梨夏が軽い挨拶をして踵を返した時、そして小春がドアを押す前に、店のドアが開いた。
「あら。」
そう言って顔を見せたのは冬木真冬だった。
「あっ、姉さんだ。」
小春が言葉を発する前に素早い反応を見せたのは梨夏の方だった。
「こんにちは。二人はもう帰りかしら?」
冬木真冬の問いかけに返答しようとしたのだろう、小春が小さく息を吸い込んだのが見えた。しかし、冬木真冬への返答は小春の相方だった。
「そうなんですよ。姉さんとは話したいことがあったんだけど、この後用事があって。そっちに行かなきゃで。」
梨夏はそう言いつつ当然と言わんばかりに冬木真冬の腕に絡みついた。冬木真冬の表情が多少嫌だったのはオレにしか分からないと思う。
小春は何も言わずに吸い込んだ息を吐き出した。完全に挨拶のタイミングを失った上に、今は冬木真冬の腕に絡みついた梨夏がアレやコレやと話をしている。小春の気持ちもわからんでもない。梨夏のような陽キャには分からないと思うが、ここで強引に話に入って行くのは気が引けるってものだ。
数分の間迷惑そうに梨夏の話を聞いていた冬木真冬だったが、業を煮やしたように梨夏の話を遮った。
「この後、用事があるのでしょう?早く行かないと遅れてしまいますよ。」
冬木真冬は梨夏に見えないように小春にウインクした。早くこの状況をどうにかしてほしい、そんな願いが込められているように見える。
「そうでした。冬木真冬さんまた後日機会があれば食事をご一緒しましょう。」
小春がそう言ってペコリと頭を下げた。彼女の言葉は棒読みだった。
「えー、もう行くの。せっかく姉さんと会えたのに。」
梨夏が明らかな不満の声を上げる。そんな梨夏を強引に冬木真冬の腕から剥がした小春は、梨夏を引きずるように店の外へ向かった。そんな中、梨夏はギリギリまで手を振っていた。
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