第11話

 ふと目が覚めた。部屋の中は明るい。頭の中がボヤッとしているオレの眼に飛び込んできたのはコンビニ袋だった。寝ぼけ眼に蛍光灯が眩しい。


 椅子に座っている。


「寝落ちしたのか・・・。」


 椅子から落ちなかった自分に感心する。服装は昨晩帰ってきた時と同じ。帽子のツバがいい感じに目元を隠していた。


体痛った。」


 そう呟いて背筋を伸ばす。机とセットで購入したゲーミングチェア。座り心地が良いのだが、睡眠をとる事までは想定していなかったようだ。


 今何時だ?窓を見ても遮光カーテンが外を見せない。まずはスマホで時間の確認だ。日の出前なのかも分からない。カーテンを開ければわかるのだろうが、動くのが酷く億劫だ。


 緩慢な動きでスマホを手に取る。


 その瞬間突如鳴り始めるスマホ。多少驚きはするがリアクションは最小限。誰かからの着信だろうか。まさか寝坊している?落ち着いてスマホの画面を見るとアラームだった。普段起きる時間を知らせていた。


「こんな時間か。」


 口からこぼれ落ちる言葉と共に短い溜め息が漏れた。だけど、寝坊していなかった事に安心した。


「あぁ、起きなきゃだよな。」


 頭を忌々しく振って思考の邪魔をする霞を祓う。重い体をなんとか持ち上げて浴室ヘ向かった。当然、シャワーを浴びるためだ。


 頭からかぶるお湯が眠気を洗い流していく。


 昔は無茶な寝方をしても平気だった。もうオレも若くないって事か、それは自覚していたはずだ。だが、改めて思い知った気分だ。今後は少し体を板わってやろう、そう思いつつ浴室を出た。仕事へ向かう支度を終えると部屋の電気を消して玄関へ向かった。


「行ってらっしゃい。」


 オレの背中にかけられた言葉に一瞬動きを止めた。


 誰の声?


 恐る恐ると言うか、ゆっくり声のした方を振り返る。なんせオレは一人暮らしの身。行ってらっしゃい、そんな言葉をかけてくれる人などこの部屋にはいないはずだ。暗い部屋の中に光る目がゆっくり近づいてくる。現れたのは同居者の猫。クロコって名前で呼んでいる。名前でお察しの通り綺麗な黒い毛並みの雌だ。白猫にクロコと呼ぶほどオレはひねくれてはいない。


 クロコは少し離れた場所からオレを見上げている。鳴き声も発せず、ただオレを見上げる二つの瞳。お見送りしてくれている、戸惑いつつそうだと思う事にした。今までお見送りなんてしてくれた事などなかったのに、どんな風の吹き回しだろう。


 オレには猫の心境を察する事はできないので考えるのを放棄した。


「行ってくるよ。」


 オレはそれだけ言って部屋を出た。



 車に乗り込んでエンジンをかけるとスピーカーから好きなロック・バンドの楽曲が流れ始める。


 さっき背中にかけられた言葉は誰が発しのか。幻聴?オレは霊感が強くないので、幽霊の言葉が聞こえたとは考え難い。そうなるとクロコ・・・まさかね。変人は自覚している。だけど、猫が言葉を発する、そんな常識から外れた事象が起こる事などない、オレはそれを理解しているつもりだ。


 アクセルを踏もうとした時、昨晩の公園で見た光景を思い出した。


「ふむ・・・まぁ、いっか。」


 例外は必ず存在する。自分にそう言い聞かせてゆっくりアクセルを踏み込んだ。


 しばらく車を走らせ店の駐車場に到着した。今日は幾分体の調子が良くないけれど、それを理解していれば仕事に影響ない。


 車から降りて店内へ向かった。田舎街だけあって建物が低く、その分空が広く感じる。気分の問題なのかもしれないが、色だって青が濃い印象だ。


 解錠して店内に入った。カウンターの上には黒革のカバーの本。それを見てお客さんの忘れ物があった事を思い出した。


「予約客なら連絡するんだけどな。」


 独り言てその本を手に取る。


 この本を見つけたのはエリだ。昨日は予約は無かったし、性格から彼女が嘘を言っているとは考えづらい。


「大切な物なら取りに来るとは思うが・・・。」


 もう一度中を見てみるか。疲れてたから見落としがあるかもしれない。


 黒革のカバーを開いた。だが、持ち主が名前を書いている可能性は低い。パラパラと見ただけだが、昨晩見た時は全ページ白紙だった。結局空振りで終る自分の姿を想像してページを捲った。


「ん?」


 思わず声が出た。目を疑う事すら忘れるほど混乱している。


 最初のページから日本語の記載があったのだ。内容を読まずにページを捲る。すると次のページにも。そして、その次のページにも。


「視力が落ちた、それだけじゃ説明にならんよな。」


 声に出して頭の中を整理しなければ思考が疑問の渦に飲まれてしまいそうだ。まずは一個。そう、一個づつ物事を整理していこう。


 判断材料が少なすぎて詰まってしまうのだろうけれど。


 よく見るとページの一番上には年と月、そして日の記載がある。日記か、そう思ったけれど書かれているのは数日後の事。それならばと導き出した答えを否定する。


「予定表にしては豪華すぎやしないか?」


 最初のページまで戻した。そして、無粋とは思うが、記載されている内容を読む事にした。本の最初にかかれている日にちは・・・。


「今日じゃねぇか。」


 ざっくり内容に目を通す。半ページほど読んだ。思わず眉を潜めてしまった。だってそうだろ、書かれている内容がオレの事だったんだから。朝の起床時間から寝ていた時の状態まで書かれていた。


 何も言えずにページを捲る。だが、二ページ目を読んだ所で本を閉じた。


 短いため息が漏れる。なんでオレの事が書かれているのか。気持ち悪さを感じて読むに耐えなかったのだ。

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料理人と異聞奇譚 田子錬二 @tamukai

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