第10話

 オレの視界、公園の中央に文字通り何かが飛んで来た。薄暗い園内を遠目で見ているオレにはそれが何なのか分からない。ただ、大きな塊としか。


 大きな犬が主人を守るように前に出た。この影の塊の脅威を知っていると、その脅威から主人を護らんと。大きな犬の背後で主人が構えをとる。二尺はあろう何か、おそらく刀。その先端を大きな影の塊へ向けた。


 淡い外灯が反射して刀の鋭い切っ先が光る。それと同時に大きな影の塊が姿を変えた。


 糸の塊を解きほぐすように四肢が現れ、ゆっくりと人の形になった。RPGならば確実に戦闘が開始される。そして、それを予言していたかのようなBGMが社内に響く。人の形になった影が立ち上がった。遠目で見ても、とても大きな人型であるのが分かる。


 思わず周辺を見渡す。特撮ヒーローの戦闘シーンのようなこんな状況だ。やはり何処かに撮影スタッフが隠れているのではないか、そう思えてしまう。それほど空から降ってきた大きな影は異質で、とてもこの世の物とは思えなかった。


だけど、


「誰もいない。」


 それはそうだ。こんな暗い場所でカメラを回すはずがない。撮影であるなら街灯以外の照明があって然るべきだ。ならばアレはなんだ。この公園で何が始まろうとしているのだろうか。


 頭の中を一つの疑問が覆い尽くす。その疑問の答えを得ることはできず、いつまでも頭の中が空回りを続けている。


 目の前で起こっている事象の解を得る前に動きがあった。大きな犬に守られた人が何も無い宙に陣を刻んだのだ。鮮やかな青い炎。それがどんな効果を発揮するものなのか、そんな事はどうでもよい。宙に浮かぶ陣を見たオレは目を丸くする以外にできる事は無かった。それを見た大きな影が咆哮した。いや、厳密には咆哮しているように見えた。オレが車内にいるためか、スピーカーから流れる楽曲が攻撃的なロック・サウンドだったせいか、大きな影の咆哮は聞こえなかった。


 な、何だ?アイツは何をしたんだ。


 事態がまるで飲み込めない。まるでパントマイムの達人の演技を見ているような。


 犬の主人が再び宙に陣を刻んだ。次は何が起きても驚かにと気持ちを落ち着ける。すると、大きな白い犬が主人が刻んだ陣へ飛び込んだ。周囲を照らさない青い炎が大きな白い犬を燃やす。


「なんでやねん。」


 思わず関西弁が口から出た。


 青い炎で炎上した大きな白い犬の風貌が変化してしまったのだ。THE・狼男だ。しかも、きっちり二足歩行。変わらないのはここからでもわかる白い毛並みだけ。


 次の瞬間、狼男へと姿を変えた大きな犬が人型の影に突進した。ここから見ても速い。神速と言える。おかげで下手くそな関西弁のツッコミ以外は何もリアクションは取れず・・・いや、リアクションを取らずに済んだ。


 この戦闘の勝敗。そして、その先に何が起こるのかは気になる所だ。だが、この場から見ている事に幾分の障害が出てきた。これは生理現象と言うべきか。


「・・・ねむい。」


 大きなアクビと共に緩慢な口調で発せられる言葉。自分の声ではないようだけど、間違いなくオレの口から出た言葉だ。


 目を擦って再び前を見ると、いつの間にか狼男と大きな影の戦いには人が参戦していた。あれは狼男の主人で間違いない。多少距離が近くなって身につけているのが巫女服であることがわかった。そうなるとあれは女性なんだろう。女性にしてはずいぶん長身だ。長い黒髪を後ろでまとめたポニーテールと呼ばれる髪型をしている。


「黒い影と巫女さん。どっちが悪で、どっちが善なのかは明白か。」


 悪が栄えた試しなし、どこかで聞いた言葉だ。それが本当ならばこの戦いの勝者は確定している。ここで影が勝つなんて言える人はよほど性格がネジ曲がっていると思う。


「はぁ、いい加減腹も減ったし、眠いし、アイツに飯も食わせなきゃだし・・・帰ろ。」


 キーを回してエンジンをかけた。静寂に包まれた公園内であれば響く音だったのだろう。車が居たんだと視線を集めたかもしれない。だが、目の前で異能力バトルを展開している当人達はこちらには見向きもしなかった。


 アクセルを踏み込んでハンドルを回す。車はゆっくり走り出して、車道の前まで来た。この時間に走っている車は少ない。むしろ皆無と言って良い。それでも左右の確認をして車を車道へと進めた。走る車の中で缶コーヒーを飲む。すでに冷たくなっているそれを一気に飲み干した。


 スピーカーからは昔流行ったアニメの主題歌が流れていた。

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