第9話

 自宅に向かう車中。時間が遅い事もあり、店からここまでで対抗車線のライトで目を細める事はなかった。所々街灯が灯っている道は明るい。街が明るいせいか、オレの視力が落ちたせいか、空を見上げても輝く星は見えなかった。少し欠けた月が暗い空に浮かんでいるだけ。


「ガキの頃はもっと暗かったような。」


 スピーカーから流れるギターサウンドがオレのつぶやきをかき消した。


 ここは東北の田舎だ。だけど、それなりに人口がある。近隣の街に比べれば大きい街だ言える。だからと言って、同じ東北でも仙台と比べてはかなり見劣りしてしまう訳で、かれこれ二十数年前の昔を思い出して少し感傷に浸っている自分に気付いた。ガキの頃と言ってもこの辺を通っていたのは高校に通っていた頃。この年齢になってしまうと高校生もガキの部類に入ってしまう。


「オレも歳をとったって事か。」


 そんな言葉が出てくる時点で、オジサンだな、と思う。思わずほくそ笑むオレの心情を代弁するように当時流行っていた楽曲が流れ始めた。


 左手にコンビニの看板が見えた。ハンドルを回して駐車場に乗り入れると小さな車体が揺れた。


 車に特別なこだわりが無いオレとしては、燃費、維持コスト、実用性を考えて軽自動車を選択。最近の軽も車内は広いし小回りが効く。一人で移動するのならこれで十分と割り切った結果だ。そもそも家と職場の往復ばかりだ。たまに海岸沿いを走るくらいはするけれど、そんな事は毎日はしてないし、他に寄り道をしたとしても帰路にあるこのコンビニや公園程度。もっと言えば、休日が週一回の為、部屋で寝て過ごす事が多い。


 そんな男が車に金をかけると思うか?オレの価値観では必要性を感じないんだよな。


 助手席に座る彼女に文句がないなら問題なんてない。そもそもの話をすると、彼女自体いない訳で、誰に文句を言われようも無いのが現実だ。


 白線でつけられた駐車スペースに車を納めてエンジンを止める。そして店内へ向かった。


 コンビニへ寄る目的としては夜食の買い出し。時間も遅く、気力的にも自炊をしている余裕なんて無い。料理人を自覚しているけれど、一人暮らしの男の食生活なんてこんなものだろう。早く嫁をもらえ、過去にそんな言葉をかけられた事がある。今になってその言葉の意味が少しは分かる気がする。帰宅した時に、おかえりなさい、と出迎えてくれる人が居てくれるのは良いものだとこの歳になって思っている。


 まぁ、オレにも出迎えてくれるヤツが家で待っている。


 夜食の他にアイツのご飯も買って帰る。オレだけ食べていては拗ねてしまうからな。言葉にはしないけれど態度を見ればわかる。


 買い物を終えて車に戻ったオレはエンジンをかけた。それと同時にスピーカーから音楽が流れ始めた。ロックバンドのバラード。もう少し勢いのある楽曲を聞きたい気分ではあるがこのバラードは好きな一曲。苦いような甘酸っぱいような記憶を呼び起こし、少しセンチな気分にさせてくれる。センチな気分って言葉はもう死語なのだろうか?


 ゆっくりアクセルを踏み込んでコンビニの駐車場から自宅へ向かった。


 それから数分車を走らせた。もう自宅の近くまで来ているのだが、気まぐれに任せて公園の駐車場へ車を入れた。サイドブレーキを上げて車を停める。


「ふぅ・・・。」


 短いため息が漏れた。駐車場からは公園の中を見る事ができる。街頭が所々立つ園内は比較的明るい。それでもこの時間に出歩いている人なんて皆無だ。


 助手席に置いたコンビニの袋から缶コーヒーを取り出す。


「今日もお疲れ様。」


 自分のために紡いだ言葉。誰も言ってくれないのだから自分で言い聞かせるしかあるまいよ。一つ言っておくが、寂しい人間だとは思わんでくれよ。同情はゴメンだ。


 缶コーヒーのタブを上げて一口飲む。甘さの奥にキャラメルのような苦さがある。自分でドリップしたコーヒーの方が美味しいと思う。だが、これは考え方なんだけれど、喫茶店が併設されていない公園で飲むのならば缶コーヒーの方が風情があるとは思わないか?


 まだたっぷり入っている缶コーヒーをドリンクホルダーへ置いた。


 運転席のシートにもたれて公園内をボーっと見る。人はもちろん幽霊だって姿を見せはしない。オレは何故公園に寄ったのだろうか?自分に問いかけた。その問は頭の中をグルグルと巡り、しばらくして一つの答えを導き出した。


 今はただ頭の中を空っぽにしたかったのかもしれない。


 再び缶コーヒーを手にし、二口目を口の中へ流し込んでホルダーへ戻す。すると、公園の端の方に人が現れた。白い非常に大きな犬を連れている・・・いや、犬にしては大きすぎる。


「何だ、あれ。」


 思わず声に出してしまった。


 大きな犬を連れている人も背が高い。遠目で見ているので詳細は分からないが、白い外套を羽織り、赤いスカートか幅の広いパンツを合わせた服装のようだ。


「なんかの撮影か?それにしてはカメラマンも他のスタッフも見えないな。夜の散歩か、東京に住んでいた頃は遅い時間に犬の散歩している人もいたしな。」


 一人の空間なので思ったことが口から漏れた。


 オレが在京の際に住んでいたのは目黒川に近い場所で、夜でも散歩やランニングをしている人たちがちらほらいた。桜は綺麗だし、都会にしては比較的静かな場所だったと思う。だけど、あまり良い思い出のない街。


 三度缶コーヒーに手を伸ばした。しかし、その手は目的の物を掴む事無く動きを止める事となった。

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