第40話

 冬木真冬とシロは依然として気を失ったまま。この場に放置しておく事などできない。ひとまず店内へ運ぼう。


 長身痩躯の冬木真冬を背負うと、見た目通り彼女の体は軽かった。こんな体でこの街の守護者の任を全うする彼女はもっと敬われて良いのではないかと思う。もっとも、容姿端麗でスタイル抜群の彼女が表舞台に出れば人気が出るとは思う。その分だけ、詐欺師等の批判的な中傷を受けるだろう。それは容易に想像できる。


 彼女の仕事は邪気を祓う者、鬼をいくら祓おうとも、実際に見た者でなければ信じるとは思えない。


 きっと、無神経で心無い言葉は冬木真冬の心を蝕んでいく。それは人知れず命をかけて戦っている彼女には酷ってものだ。


 店内へ入ると冬木真冬をソファー席に寝かせた。椅子を連結させて寝かせる訳にもいかないからな。過去にオレも椅子を並べて寝ていた時もあるが、起きた時に体が痛くて仕方ない。若い冬木真冬がそうなるとは思えないけれど。


 オレは店を出ると裏口に回った。


 次はシロだ。いや、シロが可哀想とかそんな事ではない。あんな大きな白い狼・・・いや、犬と誤解してくれるだろうか。それはともかく、シロを他の人が発見したら大事になりかねない。


 それを考えると冬木真冬とシロは昼間はどうやって行動を共にしているんだろうな?


 シロの体を持ち上げた。けれど、オレ一人でシロを運ぶにはかなり苦しい重さである。店の裏手にある荷車を持ってくる事にした。


「よっこいしょ。あぁ、重た・・・ちきしょうめ。」


 若干オッサンめいたセリフが出たのはスルーしてくれ。


 苦労してシロの大きな体を荷車に乗せた。それを押して店舗を迂回する。その間シロはまったく動かなかった。腹部が上下しているのだから生きてはいる。


 荷車を店先に寄せるとシロをそのままにして店の中へ入った。


 冬木真冬はまだ目覚めない。入口から一番近い席に置いてある黒革のカバーの本を手に取る。それから、カウンターの端の席に座って本を置いた。


 冬木真冬はこの本の件でオレに聞きたい事があってここに来たのだ。彼女を外で待たせたのはオレ。数分間見ていなかっただけでこんな事になるなんて思っても見なかった。近頃はこの本を開く事は無かったから、イケメンホスト風勘違い純白野郎が現れると知らなかった。知っていたとしても事前に対処できたとは思えないけれど。


「そう言えば、アイツをどうにかしないと。放おって置いてまた来られても迷惑の極みだ。」


 思った事が口から漏れた。この場合のアイツとはイケメンホスト風勘違い野郎の事だ。


 どうしようか迷った挙げ句、店内にあるガムテープを持ってイケメン・・・長いから省略して、呼称をホスト野郎で統一する。そのホスト野郎の元へ向かった。後ろ手にガムテープでぐるぐる巻きにして、顔全体にもガムテープを張ってやった。


 これでガムテープを剥がす際に激痛を伴うだろう。そもそも、五感の中で一番情報が得られてる視覚を封じているのだ。気が付いたとしても状況を理解する事はできないだろう。それに、後ろ手に縛っているから自力で剥がすことはできないと思う。


 この男はシロの横に放置しておいて、処理のしかたは後で考えるとしよう。



 再度店内へ入る。冬木真冬が目覚めていた。彼女は状況が理解できない様子で店内をキョロキョロと見回している。静かにドアを閉めると、彼女は音に反応してオレの方へ目を向けた。


「気が付いたんですね。」


 先に声をかけたのはオレ。そして、予言書の近くカウンターの端に座った。


 暗い店内の中で目が醒め、おそらく体にはダメージが残っている。それに、記憶が混濁している可能性もある。冬木真冬がホスト野郎との戦闘を覚えているのかも分からない。今は時間が必要だろう。


「タムさん・・・ですか。無事で良かった。それで、あの男は?」


 冬木真冬の声はいたって冷静。全てを覚えている様子だ。


 彼女の問に対して何も言わずに外を指さした。


 冬木真冬は事態の顛末を自身の目で見るために立ち上がった。顔が苦痛で歪んでいる。軋む体を無理に動しているに違いない。打ち身や打撲で満身創痍のはず。それでも彼女の動きは凛として見えた。


 冬木真冬はドアを開けると周辺をゆっくり見渡した。


 一点を見据えて冬木真冬の動きが止まった。台車の上で気を失っているシロと、ガムテープでぐるぐる巻きにされたホスト風野郎の姿を見たのだろう。それから彼女は何も言わずにオレを見た。


 彼女はとても静かな顔をしている。表情はなんだ、非常に恐い。


「なんですか、これは。」


 冬木真冬の一言、何をどう言って良いのか悩む問だ。


 その問の対象がシロなのか。それとも、横でガムテープでぐるぐる巻きにされているホスト風野郎なのか。もっとも、あの状態のホスト風野郎を見ても、彼と認識する事はできないだろう。


 オレは悩んだ末にすっとぼけてみる事にした。はて、と言わんばかりに首を捻って見せる。


 冬木真冬の眉根がピクリと動く。


「はい、すいません。シロは気を失っていたので、運ぶのに苦労したために台車で運びました。」


 何故か敬語になってしまった。背筋までピンと伸びている。


「もう一方は?」


 冬木真冬が聞きたいのはホスト野郎の事だろう。彼についてはなんの情報もない。


 ホスト野郎について分かっている最新の情報を告げる。


「自爆・・・したんですよ。」


 オレの返答を受けた冬木真冬は考える素振りを見せた。そして、考えがまとまったのか、すごく短い言葉を返した。


「そうですか。」


 冬木真冬がドアを閉めた。彼女が何を理解したのかは分からない。

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