第39話

 向かってくる光。光が通過した後の自分なんて想像もできない。最悪の場合、この世界からオレの体は消されてしまうのだろう。全身を溶かず程の凄い苦痛がある、もう避けられないから仕方ないんだ、死ぬ覚悟を持って目を閉じたんだ。だけど、いくら待っても想像した苦痛どころか、蚊に刺された程の痒さも無い。オレを驚かそうとして用意した大掛かりなドッキリだったのだろうか。


 夜風が頬を撫でるのを感じて、恐る恐る目を開けた。


 まず目に付いたのは驚いた男の表情。あえて言っておく、あの男を驚かすような事など何一つしていない。そもそもビームが消えている。オレが目を閉じてから何があったのだろう。


 肝心なところを見ていなかったオレには何の情報もない。


「な、何が起こったんだ。」


 その呟きはオレにしか聞こえないほど小さかった。


 背にオーラが見えるようだ・・・そんな気がするだけ。だが、徐々に男のオーラの色が変わっていく。驚きから怒りへ。男は俯きいて怒りに肩を震わせた。そして、何度も同じ言葉を叫ぶ。


 だが、オレには何も聞こえない。


 男に対して侮辱行為をしたいわけじゃないけれど、自分の体に傷がないか確認した。体にはかすり傷一つ無い、すぐに死ぬ事は無さそうだ。ひとまず安心した。


 顔を上げると、男は無視されたと思ったのだろう。さらに怒りが強くなったらしく、唇を震わせていた。その怒りを一点に吐き出す。その怒りの標的はオレ。叫んでいるように見える。だけど、その声もオレには届かない。


 怒りに突き動かされるように男は円形を描き陣を形成した。一つ、二つ、三つ・・・完成した陣は全部で七つ、その一つ一つの破壊力がどれ程のものなのかは分からない。だけど、陣が連立していない以上は先のものより破壊力が高いとは思えない。


 男の口がかすかに動いた、死ね、それだけ。


 男の言葉を銃爪に展開された七つの陣が一斉に起動。発現した事象はビームだけではなく、それぞれ炎に電気・・・その他、よく分からない属性が追加されているように見える。それら全ての着弾点はオレ。しかし、不思議な感覚がオレにはあった。


 今回は目を閉じることなく顛末を見届ける。


 展開された各陣から発射されたビームには、各々にかなりの破壊力が込められていたのは容易に想像できる。着弾する度に凝縮された力が開放、凄まじい爆発が起こった。しかも、その爆発はオレの目と鼻の先で起こっている。それでも、本来あるべき鼓膜を打つべき轟音も肌で感じる爆風も感じなかった。


 視覚以外の自分の感覚を全て失ってしまったのではないかとすら思える。


 だが、そうではない。爆発で巻き上がった粉塵ですら眼の前の見えない壁よりもこちらには来ない。


 巻き上がった粉塵が収まる。男は無傷なオレの姿を見て表情を変えた。驚きと恐怖が入り混じったような。そして、激しく首を左右に振りながら男が叫んだ。その叫びですらオレには届かない。


 爆音同様に見えない壁に遮られている。これは、あくまでオレの予想。この場合、どんな反応をするのが正解なのか分からない。


 そんなオレを見た男は何を思ったのか、顔が恐怖で侵食されていく。まるで未知の生物と対面したような。男は恐怖を振り払うように言葉を捲し立ててた。それでも、彼の言葉は何も聞こえない。オレは首を捻る事しかできなかった。


 男の表情が悲壮なものに変わった。


 その理由はオレにはまるで理解できない。なぜなら、自分の事が何の力もない普通の人間だと分かっているから。


 男は敵わない敵を前に、死亡フラグ立てまくりで死地へ向かうナイス・ガイのような雰囲気を醸し出して円を描いて紋章を刻んでいく。そして、展開を終えた陣をすぐに発動。男が陣の中に手を入れる。すると、陣は粉々に砕けた。破片は光の粒子となって霧散して舞い散っていく。これは黒い影が消えていく時と同じ光景だった。


 だが、今回は様子が違う。光の粒子が男の手元に集まっていく。形を成したそれは、刺突に特化されたランスに似ている。


 男は決死の表情でランスの切っ先をオレに向ける。そして、叫んだ。


 彼の決死の叫びですらオレの鼓膜を揺らすことはできなかった。だが、彼の気迫にオレの体が反応した。手には光のナイフを握った感覚がある。こんなもので、彼の攻撃を受けきれる自信はない。


 男が地面を滑るように突進してくる。カタパルトに乗っているのではないかと疑いたくなる速度で。これが男の奥の手であり最後の攻撃。オレに迫るランスの先端。だけど、この攻撃ではオレは傷つかない。


 確信に近い感覚があった。


 反応した体が勝手に動いて光のナイフを振るう。男のランスが交錯する・・・交・・・ランスに合わせて振るった光のナイフが空を切った。ランスの切っ先は空中で止まっている。男は最終奥義の勢いを殺しきれず激突した。


 勢い良くガラスに飛び込む事を想像してほしい。アクション映画のようにガラスが割れるなら絵にもなる。けれど、どんな攻撃にも耐えうる、決して割れる事のない強化ガラスだった場合はどうだろう。それは、地面に激突するのと変わらないのではないか。


 純白のスーツを纏ったイケメンホスト風の男は叩きつけられたカエルのように空宙で静止した。男の突進を阻んだのは見えない壁。無様、その言葉が一番しっくりくる。その後は、壁をなぞるように落ちていった。


 男は何かを思い出した様子で、震える手で指を鳴らした。その音も聞こえない。


「しゃ、遮断・・・フィールド、解除・・・忘れ・・・た。」


 死にそうな声が聞こえた。男の口元が僅かに動いていた。


 瞬時にオレは状況を整理、理解する。そもそも整理するような事は一つもない。男は冬木真冬と戦う際に周囲の被害を気にして遮断フィールドを展開した。そして、最終的にその遮断フィールドに激突した。事の顛末はそんな感じ。要するにこの男の自爆である。


 まだ何かを言おうとする男の顔面を蹴飛ばして完全に沈黙させた。


 格闘技なら反則を取られるのだが、これは競技ではない。過剰防衛?知った事か。オレの命を狙ったツケは払ってもらわんとな。


 馬鹿で助かった、そう思いつつ冬木真冬の元へ向かった。

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