第41話

冬木真冬がドアを閉めた。そして、先ほどまで寝ていたソファーに座る。小さくない邪魔が入ったのは事実。それでも、本題はこの後、この黒い革のカバーの本について話をするために彼女はここに来たのだ。


「とりあえず何か飲みますか?」


一息つきませんか?そんな軽い気持ちでの提案だった。すると、言葉の意図を理解した冬木真冬が頷いた。それでも、彼女は何が飲みたいのかは言わない。


「コーヒーで良いですか?」


聞いてみたものの、冬木真冬の返答を待たずに立ち上がった。


キッチンに入ってコーヒーをドリップする。しばらくすると、店内にはコーヒーの香りが満ちていく。その香りに導かれるように、冬木真冬がカウンターへ移動してきた。彼女が座ったのは普段座っている定位置と言うべき場所。


そこには黒革のカバーの本、予言書が置いてある場所でもある。


小春と梨夏に依頼された物は冬木真冬の目の前にある。それにもかかわらず、彼女はそれを手に取る事はしなかった。何故あの本を手にとって中を見ないのだろう?コーヒーが落ちるのを待っているのか、それとも、手にできない理由があるのか。


 ただ、ボーっとオレをこちらを見ている。心ここにあらず、冬木真冬からはそんな印象を受た。


ただ、これほど直視されては緊張して作業に支障がでる人もいるだろうなとは思う。若い人には得に多いのではないだろうか。二十代のオレもそんな感じだったと記憶しているから気持ちは分からないでもない。しかし、過去の仕事場はオープンキッチンが多く、いつの間にか見られるのにも慣れてしまった。


何がいいたいのか?要するに、超絶美人に見られているからと言って今更気にも止めないって事。普段と何も変わらない動き、速度でコーヒーをカップに注ぐ。


若い自分なら手が震えていたな・・・今思い出すと恥ずかしい話だ。


湯気を燻らすカップをソーサーに乗せて冬木真冬の前に置いた。それを追うようにシュガーポットとミルクも。


よく考えるとオレと冬木真冬、二人の立ち位置はいつも通りになっている。店内が明るければ、BGMが有れば、そんな但し書きは必要だけれど。


冬木真冬がコーヒーカップに触れた。けれど、彼女は何処か上の空。カップを口に運ばない。ボーっとしているのか、はたまた思考しているのか、それすらも分からない様子で深い溜息をついた。


冬木真冬からは残業続きのサラリーマンのような哀愁すら感じる。最高潮に疲労が溜まっているのだろう。そんな時に考えを巡らせたって、まともな思考などできるはずもない。


「まずは一口飲んでください。」


この喫茶店の店主として以前に、オレは飲食を生業としている者として、今の冬木真冬のような、気持ちが疲れている人に安らぎを与えられるような仕事がした。それは、今も昔も変わらない。


 コーヒーを飲むのを促したのもリラックス効果に期待してだ。


「・・・そう、ですよね。」


冬木真冬は促されるままにカップを口に運んだ。すると、再び深い溜息が漏れる。けれど、その溜息は先程のものとは少し違っている。上手く説明できないけれど、少しだけ満足感を感じた時に出るそれに近かった。気の所為でなければだ。


その後、冬木真冬はゆっくりカップを二回ほど口に運んでソーサーの上に戻した。


「そろそろ、この本に着いて話を進めましょうか。」


冬木真冬はそう言って黒革のカバーの本に触れた。


「私が小春ちゃんと梨夏ちゃんの二人と協力関係にあるのは以前お話したと思います。邪気を祓う術を彼女達も持っているようで、その力を行使して彼女達は私の仕事を手伝って邪気を祓う。その見返りとして、彼女達からは予言書の捜索を依頼されました。」


「二人から聞いた予言書の外見の特徴とこの本が合致していると・・・。正直な話、忘れ物として見つけたもので、オレはこれがどんな本なのかまでは知らないんですよね。エリさんは何も書いてないって言ってましたし。」


オレは予言書を開いた事。そして、自分の未来が書かれていた事については隠した。あくまでオレは、そのていで話を進めたい。


「そう、ですか。」


冬木真冬の言葉は少ない。


彼女自身どうするのが正解なのか分かっていないのだろう。


「それにしても、冬木さんが二人と協力するとは思わなかった。少し以外と言うか・・・。」


とりあえず思った事を口にしてみる。何か話題を。沈黙を嫌った訳ではない。


「そうですか?いや、そうですね。私自身邪気を祓うのは私の役目だと思っています。故に、彼女達もこの街にいる間は護る対象だと。しかし、此処このところの頃邪気が集まりやすくなっているようで。」


「集まりやすく・・・そうなると、どうなるんですか?」


オレは邪気について何も知らない。


全てが黒い影につながる訳では無いだろうし。冬木真冬だって全てを話すことはできないのは分かる。けれど、オレも何等かの情報を得ておく必要がある。もしかすると、光のナイフの関してのヒントがあるかもしれない。身を護る事に関しては確実な力が欲しいじゃないか。


二度あることは三度あるって言うし。黒い影が再び現れないとも限らない。


詳しい事情は話せませんけれど、この言葉を枕にして冬木真冬が話し始めた。


「元来この街には邪気が集まりやすい傾向があって。最近仕事の以来が多くて・・・。」


自分一人では捌ききれない、知りすぼみのの語尾にはこの言葉がつくのだろう。そうなってしまうと、そうなんですか、その一言で話を済ませられる内容ではなくなる。


冬木真冬からは次の言葉がなかなか出てこない。邪気が集まると何が起こり、街がどうなってしまうのか、それを教える事を避けている節がある。


それならば、オレなりに情報の整理。それから仮説を立ててみる。


冬木真冬は邪気が集まりやすいこの街でそれを祓い、浄化する者。そして、邪気が集まると例の黒い影、もしくは、それに近い事象が発生する。邪気の案件に対しては彼女は対応する。多くなる邪気絡み事件の対応に追われる日々。そこに現れたのが小春と梨夏。二人がどんな存在なのかは分からないけれど、手に余る程の仕事量を捌けなくなってきていた冬木真冬にとっては渡りに船だったと。


当たらずとも遠からずってところだろう。


「それでは、あの男は何?」


オレは店のドアの方を指さした。


冬木真冬は指した方を目で追う。誰の事を指しているのか理解したようだ。短い沈黙の後、冬木真冬が首を横に振った。


「分かりません。ただ、強かった・・・それしか。」


冬木真冬は俯いてしまった。彼女は自分の不甲斐なさを感じている、そんな気がした。

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