第42話
冬木真冬が再びコーヒーカップに手を伸ばした。そして、口に運ぶ。
オレには彼女にかける言葉を探している。
護身術は少し習ったことがある。だが、それは誰かの為に戦う力を求めたのではないし、戦う事が使命ってわけでもない。それでも、思い悩む冬木真冬を見ていると昔の自分と重なる部分があるような気がする。
「少し、昔を話しましょうか。」
突然の言葉に冬木真冬が顔を上げた。
「オレは料理の道で生きていくんだ、そう決めて東京の店に就職したんです。専門学校を卒業してからだったから、二十一とかそのくらい。中目黒のイタリアンです。選んだ理由も、パスタを作るシェフの姿がカッコ良かった、そんな単純な理由で。」
冬木真冬は何も言わずにオレのはなしを聞いている。
「東北の田舎からでて初めての仕事。初日で大変驚かされました。時間の流れ・・・仕事の速さが全然違うんです。仕事は遅い、クオリティだって全くダメ、イタリア語も分からない、その上、自信があった体力面でも・・・。この時が、オレ史上最大の挫折だったんだと思うんです。結果としては、その店は逃げるように辞めたんですけど・・・。」
冬木真冬はオレの昔話を聞いていたが、何が言いたいのか分からない、そう言いたげ。コーヒーカップを口に運んだ。
「一番大きな挫折をしたんだから、後は修正していくだけだ。当時のオレはそこまで考えていたかなんて分かりません。でも、これ以上は無いと。でも、違ったんです。それからも、大小さまざまな挫折を繰り返したんです。自分の能力が低いから、それもある。料理長、シェフの肩書で仕事をし始めても変わらない。当然、不甲斐ない自分を責めました。でもね、それだけだと人間の心ってどんどん腐っていくんですよ。その先に、このままで負けっぱなしじゃ終われるか、その気持が無くては。オレはこの仕事を腐って辞める事をしなかった。だから今こうして冬木さんにコーヒーいれてるんです。」
「・・・前に進めって事ですか。」
「話が纏まってなくて申し訳ありません。」
口角を上げて見せる。オレは笑顔を作るのは苦手だ。
脈絡の無いオレの昔話しでも誰かの役にたつ時もある。本当は恥ずかしい過去ばかりで話したくはないんだがな。
挫折して倒れたまま逃げるのは簡単。だが、再び立ち上がって挫折をプラスに変換できるなら。失敗にだって意味があるんだ。しかし、これを言うのは誰にだってできる。理解していても全ての人ができる訳ではない。実際に立ち上がって前に進むのは極数人。冬木真冬はその一人になりうる。
「そうですね。」
冬木真冬はコーヒーカップをソーサーの上に置いた。そして、黒い皮のカバーの本を手に取った。
冬木真冬の顔つきが少し変わっている印象を受ける。これなら大丈夫だろう。オレはコーヒーカップを口に運んで中を口に含んだ。コーヒーの香りが口の中いっぱいに広がる。
「タムさん、一つ聞いてもいいですか?」
その問を受けて彼女へ目を向ける。冬木真冬は黒い皮のカバーの本を開いていた。
「最近、妙な事って何かありましたか?」
妙な事を探そうと思えば無くはない。だが、それを考える場合、何が普通なのかを考え直さなければならない。黒い影、邪気祓いの巫女、魔法少女と魔法使い、光のナイフ、人の言葉を話すクロコ。冬木真冬が言っている妙な事とはこれの何を指しているのだろうな。
冬木真冬はこちらへ視線を向けたまま。オレの反応を伺っているようだ。
オレは何も言わずに冬木真冬を見返す。
「予言書。結果から申しますと、これが探していた物で間違いありません。確定ではありませんが十中八九そうでしょう。」
「そうですか。」
それならばそれを小春と梨夏に渡せば依頼完了ではないか。彼女が開いた予言書に何が書かれていたのだろう。
「これを。」
冬木真冬がオレに開いたページをオレに見せた。そこに書かれていたのはオレの名前。そして、異界の穴が開く、と
「異界の穴・・・ですか。」
また漫画みたいな話になってきた。
異界の穴、魔界への扉が開くとでも言いたいのかね。有名な漫画でそんなネタがあった事を思い出した。
「異界の穴を開く霊能力者でもいるんですかね。」
冗談のつもりで言ったのだが、冬木真冬がオレに向ける目が変わっていく。彼女が向ける最強のジト目はエリのものとは破壊力がぜんぜん違う。
「はい、すいません。」
そう言ってコーヒーを啜った。
「先の男について、私は何も知りません。彼の身柄は例の二人に引き渡します。もしかすると、この異界の穴について何か知っているかもしれませんし。これに書かれている場所はこの店の真上。それに関しては私の知識でも説明はできます。しかし、それをお伝えする訳にはいきません。」
相変わらずオレは蚊帳の外らしい。
異界の穴が開く事のデメリットが何で、それが起こるとどうなるのか、それすらも分からないのでは何の対策もできない。そもそも、オレにできる対策があるのかは疑問である。
異世界人のお客さんが増えてラッキーで済む話しでも無さそうだ。
「明日にでも二人と話をします。対応はお任せください。」
冬木真冬は言い終えると、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。すぐに立ち上がると店の出口へ向かった。ドアを開けるとシロが座っているのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます