第44話
翌日、ランチが終わっても冬木真冬が来店する事はなかった。
毎日ここで食事をしているわけじゃない。来店する時は同じような時間だが、来なくても特別気にするような事でもない。ただ、昨日の今日で少し不安なのだ。また、誰かに攻撃されていないかと。
冬木真冬は小春と梨夏の二人に、探し物が見つかった事を連絡したと思う。二人に予言書を渡したのかは分からないけれど、予言書に記されていた異界の穴についての対策は話し合う流れになっていると思いたい。面倒ごとになるだろうけれど、小春と梨夏だって無下にはすまい。
そもそも黒い影の出現に関しても、異界の穴に関しても、どうしてオレの店に超常現象的な事件が集まってくるのか。何が要因なのかオレには分からない。誰か説明してくれないかと切に願っている。
今日はお客さんも多くなく、エリは焦ることなく丁寧な作業をすることに徹していた。それはオレも同様だ。
今できる作業を一通り終えたエリがカウンターの前まで来た。彼女はまるで窓辺で日向ぼっこをしている猫のような表情をしている。
そして、ゆっくりで緊張感のない話し方で言った。
「今日は穏やかですね。」
穏やかなのはエリの雰囲気の方だと内心思った。
エリの存在が癒し系と言えばそうだが、気を抜きすぎではないかとは思わなくない。最近あくせくと仕事をしていたから、突然こんな日が来ると気が抜けてしまう気持ちも分かる。そもそも、彼女に頼り切りになってしまっている事実わかっている。従業員一人が抱える負担を考える時期に来ているのかもしれない。
店主としては従業員を大切にするのも仕事。それが、エース格の人間ならばなおのことだ。
「空も曇ってるからね。なかなか外に出たいとは思わないんじゃない?」
そう、本日の天気は生憎の曇り空。ぽかぽかの陽気が見えるのはエリの表情だけ。窓の外は今にも雨が降りそうなのだ。そんな日は否が応でも客足は遠のいてしまう。
開店前にはこんな感じになるのかなと予想していた。
営業時間内ではあるがエリとゆっくりお喋りをした。面談って訳ではない。単なる世間話。会話の頻度が減っていたのも事実。エリが最近何を思っているのか知れたので、これはこれで有意義な時間である。
話が一区切りした所で来店を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
オレが反応する前にエリが声を出した。
エリの表情が一変、引き締まった表情になった。仕事モードである。しかし、その表情もお客さんの姿を見て若干曇りを見せた。
「こんにちわ。」
「ヤッホー、来たよ。」
オレの姿を見て会釈をする黒髪の女の子と、手を振るオレンジ髪の女の子。エリが案内する前にカウンターへ歩いてくる。
小春と梨夏だ。
「なんか微妙な顔してね?」
「決してそんなことは・・・。」
語尾が尻すぼみになってしまった。今どんな表情をしているのかオレ自身には分からないのだから。
「ほら、梨夏の態度に不快感を示していますよ。ちゃんとしてください。」
小春がメニューを手に取りつつ言った。梨夏が不満の声を上げたけれど、それを無視する小春。
パワーバランスが見えるやり取りだ。
二人に苦手意識があるエリは少し距離を取って薄く苦笑いを浮かべていた。二人の何が苦手なのかを聞いても、何が苦手なのか分からないらしい。小春はともかく梨夏に対しては苦手な人もいるだろうなとは思う。けれど、逆に梨夏があの性格だけに、ノリが合えばそれだけで楽しく過ごせるだろう。
人間関係なんて相性でしかないんだから。
「今日は冬木さんはいらしてないんですね。」
メニューを見せて、その中からいつものを指さしながら小春が言った。
「そうですね。今日は来店してないですね。てっきり冬木さんかと合っているものと思っていました。」
小春が息を吸い込んだ時、横から声が飛んできた。
「姉さんから、話がある、ってメッセージが来たんだけど、それ以降連絡取れなくてさ。妹分としては心配しちゃうじゃない。ここなら居るんじゃないかって小春が言うから。」
梨夏はそう言ってメニューのいつものを指さした。もう、声にもしなくなっている。
冬木真冬についてはエリが何か知っているのではないかと思ったけれど、エリはオレの視線に気付いて首を横に振った。
手がかりが途切れた。いよいよもって冬木真冬は消息不明だ。
昨夜のホスト野郎の件もある。彼女の身に何かあったのではないかと心配になる。それを知っているのはオレだけ。小春と梨夏に伝えれば何らかの情報を開示してくれるかもしれない。けれど、エリに聞かれるのは避けなければならない。彼女は一般人だから・・・いや、オレも一般人だった。危うく忘れるところだったぜ。誰が何を言ってもそれを譲る訳にはいかない。
今後問題になるであろう異界の穴が開くのはいつだっただろうか?昨日見た時に日付を確認し忘れてしまった。予言書が手元にあればオレの未来にもそれが記されるであろうが、肝心の予言書を冬木真冬に渡してしまったので確認できない。
小春と梨夏の顔を見た。二人は冬木真冬を心配して・・・腹が空いたと目で訴えかけてくる。とても誰かを心配している顔には見えない。
この二人が何か企てたってことはないのだろうか?黒幕的な・・・小春はともかく、梨夏にそんな要素は感じない。オレが否定したいだけなのかもしれないけれど。
とりあえず、二人の腹の虫が暴走を開始する前に空腹を満たしてやるのが今すべき事だ。
オレは小さく頷いて作業を開始した。パスタが二品。十分ほどで提供できた。何度も食べているはずなのに、二人はとても美味そうにパスタを口に運んでいた。
「やっぱマスターの作る飯は美味いね。」
梨夏が満点の太陽みたいな笑顔でサムズアップした。
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