第45話

 梨夏と小春が退店した。すると、新しいお客さんが来店しない時間が続いた。


 オレはスマートフォンで冬木真冬へメッセージを送った。あの二人に対しても連絡が途切れたって事は、彼女にとって・・・この街にとっても良くない事があったと考えておくべきか。


 オレのメッセージを冬木真冬が読むのは何時になるのだろうか。


 頭の片隅に冬木真冬の事を考えつつ仕事をする。誰かに襲われていないか、無事なのか・・・交際しているわけでも無いのに、気持ち悪くないか?まるでメンヘラ野郎じゃないか。


 エリは休憩時間に入っており、カウンターに座ってスマートフォンを操作している。賄を食べ終わって久しい。エリの前には空になった皿と水が入ったグラスがある。


 彼女の前に置きっぱなしの皿を何も言わずに下げた。


「あぁ、私やりますから。」


「いいって、これから洗い物だし。ついでにやるから。今は休憩時間なんだから、ちゃんと休みなさい。」


 エリにそう伝えると感謝の言葉が返ってきた。その後、エリから一つの報告があった。


「真冬ちゃん、今から来ますって。」


 オレの体が一瞬凍りつくような感覚があった。危うく皿を落としそうになる。自分のスマートフォンを見たけれど、何のメッセージも受信してはいなかった。


「そう・・・。」


 なんとも言えない感情になったけれど、それは表に出さなかった。


 しばらくすると冬木真冬が来店した。普段着で髪を頭の後ろで束ねた美人、普段の彼女だ。来店してしばらくはエリと談笑。いつものガールズトークだ。彼女は話す傍ら注文したパスタを食べていた。


「さて、そろそろ時間だわ。」


 エリが立ち上がる。すると冬木真冬がエリに手を振った。頑張ってねと言わんばかりに。エリは手を振り返して更衣室に入っていった。


 エリの姿が見えなくなると、冬木真冬は次にオレに声をかけてきた。


「メッセージ読んでくれました?」


 はて、冬木真冬からのメッセージは受信してなかったと思うけれど。


 スマートフォンを見ると一通のメッセージを受信したと通知があった。その通知をタップして本文を開く。今夜お時間いただけますか?その差出人は冬木真冬。直接言ってくれればいいのにとは思わなくない。冬木真冬はにっこり笑顔でオレを見ている。こんな笑顔で見られると断りづらい。


 オレは額に人差し指を押し当てて渋々感を出しつつ頷いた。


 予言書は冬木真冬が所持しているはず、後はそれを小春と梨夏に渡してめでたしめでたしではないのか。彼女が話しがある時点でまた何等かの問題が発生したのだろう。


 否を告げようと息を吸い込んだ時、追い打ちでもかけるように冬木真冬が言った。


「それでは店が終わる時間に来ますね。」


 冬木真冬はオレの返答を待たずにレジに向う。すると、予言でもしていたように、エリが更衣室から出てきた。冬木真冬を見たエリがレジへと急いだ。


 さて、今夜はどんな話になるのか。あぁ、面倒クセェな・・・店を早仕舞いしてしまおうかな。


 不意に出そうな溜息を喉の奥に押し込む。ドアへ目を向けると、会計を済ませた冬木真冬と目が合った。ニッコリと笑って店を出て行く彼女は、逃げないでくださいね、そう言っているように見えた。最後に釘を刺されてしまった。


 その後はなんとなく業務をしていた。特殊なオーダーがあったわけでもないので、体に覚え込ませた感覚任せの仕事になった。本来なら仕事には心血を注ぐべきと考えているので、今日のような気持ちが入っていない仕事がいいとは思えない。


 言い訳して良いのなら、二日連続で仕事終わりに憂鬱なイベントがあるのを知っている。気持ちだって凹んでくるってなものだ。



 営業終わり。エリはもう退勤して、店内のBGMも止まっている。店内にはオレだけ。


 全ての業務が終わる頃ドアが開いた。鈴の音が鳴り響く。約束なんてした覚えは無いのだが、冬木真冬が姿を見せた。彼女の仕事着である巫女服を着用している。そして、同色の外套を羽織っている。左肩には細長い袋を下げていた。


 凛とした雰囲気はいつもと変わらない。しかし、服装のせいだろうか、何等かの覚悟を感じた。


 まるでような。


「お待たせしました。」


 冬木真冬はそう言うと頭を下げた。


「いえ、今仕事を終えたばかり。お気になさらず。」


 そう言って手をかけていた金庫の蓋を閉じた。ジェスチャーで座るように促し、少し待つように言うと金庫を片付けた。


 冬木真冬はドアに近い椅子に腰を下ろした。


 先に着替えようかとも思ったけれど、どうにも人を待たせるのは気が引けてしまう。仕事着のまま、さっきまで座っていた椅子に座った。


「それで、話というのは?」


 何も言わない冬木真冬へ問う。


 冬木真冬は後ろ手に腰の後ろを探った。おそらく腰の後ろに何かあるのだろう。彼女が手にしていたのは黒い皮のカバーの本、昨夜渡した予言書で間違いない。


「これに記されている事について、お聞きしておきたい事が。」


 冬木真冬は予言書をテーブルの上に置いた。


「書かれている事?」


 冬木真冬はオレを見極めようとするような、凄く静かな目をしている。


 オレが何かしたか?いや、予言書にかかれている事で聞きたい、彼女の言が正しければ、これからオレは何かやらかすって事か。何をするのか見当もつかないのだけれど・・・。


「この本には貴方の名と、光のナイフで邪鬼を祓うと記述がありました。私の気を吸って未来を記したのでしょう。邪鬼とは邪気に取り憑かれた人間の末路。それを貴方が祓う。それも、私が知らない光のナイフで。」


 まったく、余計な事を書いてくれたもんだぜ予言書さんよ。


 正直どう話せば良いのか困る。オレにも分からない事だらけなんだから。


「タムさんの事を疑いたくはないんですけど、昨夜の男の件もあって。誰が味方で誰が敵なのかを判断したい。最悪の場合は・・・。」


 最後まで言葉を言わなかったけれど、最悪の場合はこの場で斬り伏せる、そう言いたかったのではないか。現に椅子に立てかけていた細長い袋に手にかけている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る