第46話

冬木真冬が手にした長い袋の蓋をずらし、覗いている刀の柄に手をかけた。少し距離があるけれど、この距離は必殺の間合いなのだろう。斬撃を避けるには・・・それを考えるよりも、いかに刀を抜かせないかを考えなければならない。


とりあえず、まだ伝えていない情報を開示してしまおう。


「オレが邪鬼でしたか?それを祓うかどうか、本当にできるのか。不確定な事は分からない。だけど、光のナイフに関しては・・・黒い影がオレの前に現れたのは二度あります。最初に遭遇した時に現れたのが最初。申し訳ないですが、オレにもよく分かってないんです。」


「そうですか。」


冬木真冬は刀の柄に手をかけたまま短い返答をした。視線がひどく冷たい。


「確かに光のナイフで黒い影の足止めをする事はできたし、危機を回避するのには役にたった。でも、アレを倒す・・・いや、祓うと言った方が正確か。それができるとは思えない。」


本音を包み隠さず言ってみる。オレの言葉を信じるか信じないかは冬木真冬しだいだしな。


光のナイフに関しては使い方どころか、ここで具現化しろと言われても大いに困る。その程度の宛にもならない力で黒い影と戦うなんて想像にし難い。


「そう、ですか。」


オレが嘘を言っていないことが分かってもらえたようで、冬木真冬は刀の柄から手を離した。それから彼女は気を緩めるように小さく息を吐いた。すると、彼女の整った顔に笑顔が戻る。いつも見ている笑顔だ。


「些か失礼な態度を取ってしまいました。非礼を謝罪します。」


「冬木さんの敵でないことは理解してもらえたって事で良いんでしょうか?」


オレの問に対して冬木真冬が首肯する。


これで一安心・・・そう言って良いのだろうか?そもそも予言書に、黒い影を祓う、そう記されていた時点でこの場で斬り伏せられる事など無かったのではないか。冬木真冬が因果をぶち壊すタイプの人間では無いだろうし。


「本当に申し訳ありませんでした。近頃、妙な事が立て続けに起こってまして。その・・・精神的に余裕が無いと申しますか。」


冬木真冬が口ごもる。


彼女が言う妙な事、それに該当するのは小春と梨夏の存在。そして、現在彼女の手元にある予言書。その上、昨夜現れたホスト野郎。たぶん、冬木真冬がいかに優秀であろうと、多少なり混乱があるのだろう。オレは全ての事情を知っている訳ではないが、彼女にとってはある程度話ができる貴重な人間。そんな人間の名が予言書に記され、自分が認知していない妙な力がありますなんて書かれていた場合、その人に裏切られたと疑いたくもなるのではないか。彼女が普通の精神状態ならばそんな事にはならないのだろうけれど。


「いえ、光のナイフに関しては後で冬木さんに聞いてみようと思ったんですけど、すっかり忘れてしまっていて。こちらこそ黙っててすみませんでした。」


自分の言葉を態度でも示す。深くは無いけれど頭を下げた。


オレは悪いことをしたと感じない場合は頭を下げる事をしたくはない。逆に、自分に少しでも非があると感じた場合は自然と頭が下がる。謝罪の念ってやつだ。


非を認める事、そして謝る事は人間系を円滑にする上で非常に重要だ。時として自分が認知していない事でも相手に不快感を与えている場合もある。今回の件に関しても、オレは言わなかっただけで冬木真冬には何も迷惑をかけてはいない。だが、この一件に関してオレには何も非が無かった・・・実はその考え方こそ阿呆。ここでオレが何も迷惑をかけていないからと意固地になったところで、問題の解決にはならない。最悪、冬木真冬からの信頼を失った挙げ句に関係が崩れてしまう。


自分を貫くにせよ、全て自分が正しい、そう言っている奴は大抵嫌われてしまう。誠実に生きるのは本当に強い人間じゃないできない。


冬木真冬が今夜来た理由は他にあるのではないか、そんな事を考えながら彼女と他愛の無い話をした。話が一段落した時、冬木真冬の雰囲気が変わった。


冬木真冬は落ち着いた声で言葉を紡いだ。


「昨夜の男の事なんですが。」


当然、あのホスト野郎についても話があると思っていたので驚きはしない。


「なにか分かりましたか?」


当たり障りのない質問を投げる。本当は、警察に呼び止められませんでしたか、そう聞きたいところではあったのだが。今は喉の奥に押し込めておく。


「そうですね、昨夜のですが未だに意識が戻らない。身元の確認でもできれば何かしらの手がかりになるのではと思ったのですが、身分証に該当するものは何も持ってはいませんでした。」


オレには冬木真冬が何を言いたいのか分からない。気の抜けた相槌くらいしかできなかった。


「私だって探偵の真似事くらいします。持ち物を検めました。だけど、彼はんです。」


「身分証が見つからなかったと、先程冬木さん自身が言ってましたよね。」


オレが返した言葉を受けた冬木真冬が首を横に振った。


「ポケットの中を探っても本当に何も見つからなくて。家の鍵も、スマートフォンも、財布すら。そんな人間居ますか?それこそ、クレジットカードの一枚でも持っていれば、それほど奇妙には思わなかったんだと思うんです。」


現代社会において財布を持ち歩かない人はいるが、スマートフォンを持ち歩かない人はいない。


「行動する上での必需品を何一つ持っていなかった。確かに、それは妙ですね。」


オレは顎に手を当てて可能性を探ることにした。


ホスト野郎は見た目通りに夜の世界の人間ではない可能性がある。あの職業は何時でも連絡できるようにしておくのが一般的だと認知しているから。ならば、あの男の正体はなんだ?答えを導き出そうにもヒントが少なすぎる。

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