第47話

 思考の迷宮に迷い込みそうだったので、とりあえずホスト野郎の正体については考えるのを放棄した。そんなオレの雰囲気を感じ取った冬木真冬が腰に手を回す。そして、数枚の紙切れを取り出すとテーブルの上に置いた。


 あれはなんだろうか、黒いインクで模様が描かれている。オレは遠目で紙切れを見た。あれに似た模様をどこかで見たことがある。


「タムさんなら理解していただけていると思いますが。」


 そんな前置きを言った冬木真冬に目を向けた。


 残念だけどこの紙切れを見ても何も察する事はできていない。冬木真冬は少々オレを買い被り過ぎているのではないか。


「これはあの男が所持していた物。唯一持っていたんです。この札を見ていただいくと分かると思うんですけど、私達祓い屋が使用する紋章陣に似ています。もちろん、紋章の構造としてはまったくの別物。ですが、これに似た構造の紋章陣を扱う者達を思い出したんです。」


「・・・あの二人ですか。」


 冬木真冬が首肯する。


 名前は明確に言わなかったけれど、あの二人とは魔法使いと魔法少女、小春と梨夏。ボールをゴールに流し込むだけの状態で来たパスを決めた感覚だ。


 表情を変えずに聞いていたけれど、紋章陣なんて言葉を初めて聞いた。クエッションマークがオレの頭の上で踊っている。


 紋章陣、それは彼女達が行使する力の一部。流派と言うべきか一見同じでも、癖があるようだ。もっとも、冬木真冬とあの二人が使用する力の差なんてオレには見分けがつかない。


「あの男からは何も聞き出せなかった。ですが、あの二人とつながっている可能性を考えると、予言書を手に入れたからと言って、素直に渡して良いものかと・・・。」


 迷っています、最後につくであろう一言は出てこなかった。


 冬木真冬はこの本に記されている異界の穴も、小春と梨夏が何等かの関係があると考えているのだろう。


 確証は無いけれど疑わしい。あの男と小春と梨夏が仲間?それは考えづらいのではないか。この店で食事をする二人の姿を思い出すとそう思える。オレが騙されているのではなければ、彼女達は信ずるに値するのではないか、とも思う。


 ただ、昨夜攻撃を受けた冬木真冬の気持ちを考えると、敵である可能性のある者達を信じることはできない。軽々しくあの二人に利をもたらすことはできないのだと思う。


 異界の穴、この案件が解決する頃には二人が敵かどうかが判明するだろう。ならば、今はが過ぎるのを待つべきだ。


 そう言えば、肝心の異界の穴が開くのは何時なんだろうか?冬木真冬に異界の穴が開く日時について問う。すると想定外の言葉が返ってきた。


「日付が変わる時。予言書にはその時刻が記されていました。」


 それは初耳だ。サプライズ過ぎてリアクションできない。


 現在の時間は二十二時を回ったばかり。あと二時間で異界の穴が開く。そうなると・・・うーん、どうなるんだ?


「異界の穴が開くと何が起こるんでしょうか?」


 オレは思った事を口にしてみた。


「それは分かりません。ですが、最悪のケースは想定しておくべきかと。」


 冬木真冬の口調はいたって冷静。彼女の近くに居ることが安心材料の一つになっているのは間違いない。


 冬木真冬が言うように、予言書に記されていた通りに異界の穴が開いたの最悪のシナリオを頭の中でシュミュレーションしてみる。


 アニメや漫画で同様の事が起こると異世界人との交流、もしくは闘い。この二択になるケースが多い。仮にこちらに攻めてきた場合、相手は炎や竜巻を発生させたり見えない壁で物や音を遮断するような術を持つ連中。現代日本においてそれを魔法と呼ぶ訳で。自衛隊や警察に対魔法科なんて部署があるとは思えない。


 非現実的な攻撃を前に撤退を余儀なくされるだろう。


 まさか異界人が攻めてくる事を想定して対魔法装備を開発して・・・国が予算をかけてそれを開発していたとするなら、大きな声でと叫んでやりたい。命は助かるだろうが多くの人間が叫ぶに違いない。


 ここまで話を聞いていて異界の穴がこの場所に開く理由を知りたくなった。冬木真冬は教えてくれないかもしれない。けれど、何も知らないでいいとも思えなかった。


 冬木真冬に説明を求めた。しかし、彼女の返答はオレの問に対しての可否ではなかった。


「申し訳ありませんが、そろそろ時間です。」


 おもむろに立ち上がる冬木真冬。


 オレには何の時間が迫っているのか理解ができない。異界の穴が開くまで一時間以上の時間がある。


「な、何を始めるんですか?」


 店の外へ向かおうとしていた冬木真冬はオレの問いを受けて振り返った。


「何を始めるか・・・そうですね。そう、タムさんも手伝ってください。時間もありませんし、作業をしながらお答えします。」


 それだけ言い残して冬木真冬は外へ出ていってしまった。


 素直に冬木真冬を手伝って良いのだろうか。彼女が何をしようとしているのか分からない以上、手伝う理由はないと考える。だけど、冬木真冬は異界の穴が開くのを防ぐ、もしくは、被害を最小限に抑ようとしているのだと思う。


 冬木真冬も邪気を祓う専門家で、小春や梨夏が扱うような紋章術・・・そんな魔法のような力に関しては専門外であろう。自身も似たような力を駆使するけれど、それは邪気を祓うために必要な術としてだ。それでも、オレよりは異界の穴が開く事への対抗策を持っていると思いたい。


 話を聞きながらその対抗策を手伝おうじゃないか。

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